【このニュースって何?】まもなく東京都知事選 → なぜ東京は区と市が別なの?
府、市、郡を合わせて「都」に
東京都だけ特別な仕組みになった理由を知るために、東京の歴史をみてみましょう。江戸時代、東京は江戸と呼ばれていました。今の皇居に江戸幕府があり、日本の政治の中心でしたが、都は天皇のいる京都でした。明治維新(1868年)により江戸を首都とすることにし、東の都ということで江戸は東京に改められました。天皇も京都から東京に移りました。 71年には廃藩置県がおこなわれました。全国の藩が廃止されて県になったのですが、東京、京都、大阪は特別に重要なところということで、県ではなく府という呼称になりました。つまり、東京はこの時から東京府になりました。 その後89年に市制がとられ、東京の中心部は東京市になりました。つまり、今の東京都中央区のあたりなどは東京府東京市だったわけです。93年には、神奈川県だった北多摩郡、西多摩郡、南多摩郡の三多摩地区が東京府に編入され、東京府は西に広がり、今の東京都の範囲とほぼ同じになりました。 この段階では、東京府は、東京市と多摩地区とこの二つの地域を除く東京府の三つに分かれていました。 その後、東京市はいくつもの区に分かれながら徐々に広がっていき、今の23区とほぼ同じ範囲が東京市になりました。そして、第2次世界大戦中の1943年に東京都が誕生します。この時、東京市と東京府は廃止され、東京府の範囲が東京都となりました。 東京市だった地域は区として残りました。東京都になった理由は、東京府と東京市が同じような仕事をすることで無駄が生まれる二重行政の問題があったことに加え、戦時体制にまつわる理由もありました。アメリカ軍の空襲にそなえたり、配給品を行きわたらせたり、交通網を整備したりするのに一元的な行政にしたほうがいいという理由です。 そして戦後の47年に施行された地方自治法で東京都の区は23区になり、各区は特別区になったのです。23区以外の多摩地区や島嶼(とうしょ)部は市町村制でした。東京都は区部とそれ以外に分かれることになったのです。 現在、東京都の人口は1413万人(2024年4月1日時点の推計)ですが、23区に982万人(24年4月1日時点の推計)と、約7割が住んでいます。一方、23区の面積は東京都全体の約3割にすぎません。23区にたくさんの人が集まっていることがわかります。