「認知症の人のうつ症状について考える 理解と想像力こそが“最上の薬”」稲垣えみ子
元朝日新聞記者でアフロヘアーがトレードマークの稲垣えみ子さんが「AERA」で連載する「アフロ画報」をお届けします。50歳を過ぎ、思い切って早期退職。新たな生活へと飛び出した日々に起こる出来事から、人とのふれあい、思い出などをつづります。 【写真】この記事の写真をもっと見る * * * 先日のアエラで「認知症とうつの見分け方」の記事を読みまして、ちょうど同じテーマで最近とても考えさせられる本を読んだので、そのことについて書く。 先日の記事は、うつならば薬で改善できるので、正しい診断が重要と指摘していた。でも、この診断が簡単ではない。晩年に認知症を患った我が母も、ぼーっとしたりやる気がなくなったりといった症状が、うつから来るのか認知症だからなのか判然とせぬまま、なすすべもなく症状が進行していった記憶がある。 そんなモヤモヤが、『認知症の人のこころを読み解く』という本を読んで、なるほどそういうことだったかとストンと腹落ちしたので、ぜひご紹介したいのである。 この本は、脳の原因物質に注目が集まりがちな認知症という病を、5人の精神科医が心の観点から捉え直した記録なのだが、ハッとしたのが、認知症の人のうつ症状は周囲の接し方が作り出しているという指摘であった。そもそも物忘れなどに気づいて不安になっているところへ「どうしたの」「しっかりして」などと指摘され続けたら、誰だって自信を失い人と接することが怖くなる。居場所を失い、引きこもり無気力になる。うつ症状である。これを改善するのは実は簡単で、周囲が本人への批判をやめ「今のままでいい」と認めて援助の体制を取ることだというのである。
もちろんそれは簡単なことじゃない。近い人ほど本人の変化を受け入れられず、ついイライラしてしまうのは私も身に覚えが十分ある。良くないとは思っても、自分の気持ちをどう処理していいかわからないのだ。でもそのことが本人を追い詰め症状を悪化させていると知れば、違う対応ができたように思う。理解と想像力こそが最上の薬。ならば、無力感に押しつぶされることなく、もっと前向きに病と向き合えた気がするのだ。 つらいことや嫌なことがなければ、認知症の人はうまくできないことがあっても明るく元気。なんと素敵な指摘だろう。明るく元気でいること。それを幸せというのだ。 いながき・えみこ◆1965年生まれ。元朝日新聞記者。超節電生活。著書に『アフロ記者』『一人飲みで生きていく』『老後とピアノ』など。最新刊は『家事か地獄か』(マガジンハウス)。 ※AERA 2024年6月10日号
稲垣えみ子