満員電車に揺られ、文句も言わず働き続ける...日本人はなぜ“資本主義”が好きなのか?
どうして日本人は、かくも資本主義が好きなのか
【斎藤】なるほど、資本主義だけでなく、より広い自然観とか宗教感覚とかも、ヨーロッパを中心に発展した近代主義というものの特徴なのでしょうね。 おっしゃるように、日本がそうでなかったと考えると、先ほども言いましたが、どうして日本人はこんなにも資本主義が好きなのかという疑問が浮かびますね。キリスト教も、イデアという考え方もなく、違う自然観をもっていた日本人が、24時間年中無休、翌日配送を可能にして、満員電車に乗り込んで、低賃金でもお客様は神様だと言って文句も言わずにひたすら働き続けている。 他方、ヨーロッパではストライキがしょっちゅう起きていますよね。フランスの例にしても、少しでも気にくわないことがあったら、こんなんで働いてられるかって抗議を表明するのが当たり前だと思われています。 とくに年金支給開始年齢の引き上げをめぐってあれだけのデモが起きているのは「俺らの人生を資本に売り渡す時間を、これ以上増やしてたまるか」っていう、そういう違和感をもっているからです、フランス人は。あのデモやストを日本人から見ると驚かれると思うんですよ。 日本人は、「副業をしましょう」とか「老人を労働力としてもっともっと活用していきましょう」みたいな趨勢に疑問をもつことすらない。最近では首相まで「育休の間にさらに資格を取りましょう」みたいなことを言い出した。 予測不能な子どもへの対応に目まぐるしくて休む暇などない育休の間にさえ、自分の資本としての価値を高めよう、人材価値を上げよう、こういう発想が普段の思考のなかに染みついていることの現われです。ヨーロッパ人から見ると信じられないことでしょう。 【佐伯】それはね、一つはヨーロッパのあの人間中心主義なのだと思いますね。労働はもともと奴隷のすることだった、しかしその面倒な仕事をわれわれがつまり労働者が請け負っている、と思っている。だから労働者にも「俺たちが本当は主人公だ」という感覚が染みついている。だから、自分の価値を正当に評価してくれ、ということになる。 一方で日本人なら「ストは行き過ぎだ、こんなことをしていたら批判に晒されてしまう」となる。年金支給が67 歳になったとしてもストはやらずに逆に働く人が多いでしょうね。逆説めくのですが、日本の自然観がそうさせるのだと思いますよ。 よくいわれるように、日本人は「あらゆるものは自ずとなっていく」という考え方を取りがちです。自ずと動いていく、と考えるのです。人間はそれに手を加えないというところがあって、それは日本人の自然観のいいところだけれど、同時に今日では完全に「他人まかせ」という形でマイナスに出ているといえなくもない。 今、世界がグローバリズムで競争をやっているじゃないか、だから日本もそれに付き合わないと仕方ないじゃないか。あとはなるようになる。アメリカと中国の思惑がどうあれ、どうせなるようにしかならないという話に落着します。だから、日本人は本質的な意味で、人間というものを考えてこなかったようにも思えますね。 それは、人間と自然との関係に起因するところが大きいように思う。「人間は自然のなかで生かされていればそれでいい」みたいな思いがどこかあって、それは日本人の特性でしょう。僕自身もそういうところがありますから、その心持ちも好きだけれど、こういう状況のなかでは逆の方向に作用してしまうのですね。 それにしても日本人の本来の自然観は一体どんなものだったのか。近代主義の影響で日本人の欲望が無限に拡張したとしても、地球を飛び出して火星まで行きたいなんて、そんな欲望は日本人にはなかっただろうと思いますし、古来の自然観とは相容れないものでしょう。 人生観にしても、まあ、70~80年くらい、それなりに過ごせばいいじゃないか、そのあと他人の細胞もらってきて若返りしてまで長生きするなんて、考えてこなかった。どうぞお構いなく、ですよ。 日本人のもっていた価値観、死生観、そういうものをうまい具合に近代主義と折衷することができれば、日本人も少し変わってくるでしょうね。日本から世界が変わってくる可能性もあると思う。 今、世界は混乱の極みですからね。このままでは、ヨーロッパ型の近代主義と資本主義体制に先はありません。下手すると、最終的にアメリカと中国の戦争になる。日本はもともとは関係ないはずですよ、そんなものに。マクロン仏大統領が「米中の対立はフランス、ひいてはEUに無関係だ」と看破した通りです。 ですから日本人が本来あるべき自然観、価値観をもういっぺん思い出して、われわれ日本人はまずは日本の持ち味でやっていく。そうすれば、日本人の思想を世界に発信することができるし、世界にも共鳴する人はいくらでもいるはずです。