満員電車に揺られ、文句も言わず働き続ける...日本人はなぜ“資本主義”が好きなのか?
“人新世”の時代の価値観とは
【斎藤】私の立場は左翼ですから、あまり声高に「日本的」と言うことは憚(はばか)られるところがありますが、佐伯先生がおっしゃったことは分かる、というか共鳴する部分も大きいのです。 やはり現状の世界は、先生がご説明なさったように、近代主義とか資本主義のような、いわゆるヨーロッパ的なモデル、また、民主主義のような価値観が、ある面で行き詰まりをみせています。このことは、グローバル化の現代、あるいはアントロポセン(人新世)の時代に明らかなわけで、このまま歴史が進んで問題が解決するだろうと思う人たちは、むしろどんどん減っているわけです。 にもかかわらず、それに代わる社会、代わる価値観、代わるビジョンを、もう誰も提唱できずにいる。というのも私たちは基本的に近代化が始まって以降、とくに日本では明治の初めからということになりますが、欧米的な価値観のもとで、どうやって生き残っていくかに腐心してきました。 それまでの日本のあり方を捨てて、どれほど近代化していくか、資本主義を進めていくかということに夢中になってきたわけですね。それが行き詰まっているからこそ、今私たちは新しい価値観を生み出さなくてはいけない。 私はマルクス研究者だから、そこにマルクスというヨーロッパ人がつくり出した思想を結局は再びもってくることになって、そのことでは佐伯先生のお小言を頂戴するわけです(笑)。物質代謝も自然観も全部ヨーロッパじゃないか、と。 確かにそうなのですが、でも少なくともマルクスは、資本主義という近代主義的なものを真正面から批判して、それに取って代わるような社会のビジョンとか価値観を、きわめて体系立った形で打ち出そうとした人です。だからこそ、今の世の中で刮目(かつもく)してほしい。 『ゼロからの「資本論」』でとくに掲げた「コミュニズム」という言葉は、確かに手垢もついていて、誤解も招きかねません。新しい価値観の話をするために、あまりイメージのよくない言葉をもう一度もち出してくることに対して、どうなのかと感じる方が少なからずいることも分かるのです。 しかし、私はあえて使いました。やっぱり資本主義とは違う価値観を出さなければいけないんだということを強調するために、この言葉が必要だと思うからです。
佐伯啓思(社会思想家),斎藤幸平(経済思想家)