政府がリスキリングの推奨で目指すのは?「成長産業への転職と賃上げ」の関係性
賃金上昇圧力が発生するケース
あるとき、スタートアップの経営陣(人事責任者)の方からご連絡をいただきました。データサイエンティストの給与相場について教えてくれないか、というご相談でした。その方は困った様子でこうおっしゃいました。 「データサイエンティストの採用を考えており、良い人が見つかったから、思い切ってオファー金額として年収1000万円を提示した。ところが同じ人を採用しようとしている競合A社はオファー金額1200万円を提示してきた。どうしても採用したいからカウンターオファーで金額を上げようと考えているが、一方で基準がないと際限がなくなるから、相場が知りたい」 賃金上昇圧力がオークションのような理屈で発生していることを垣間見たエピソードでした。 私自身も事業を運営する中で、同じような場面に遭遇します。採用したい人材が他社と奪い合いになってしまうケースです。 採用したい人材の現在の年収、希望の年収の情報が手元にある状態で選考を進めていくわけですが、採用の競合が出てくると、ここに競合が提示する年収という変数が加わります。採用したい人材の希望の年収情報を元にオファー金額を決めればいいのか、競合が提示した年収情報を元にオファー金額を決めればいいのか......と年収上昇圧力がかかりはじめます。 一方で、自社の人事制度と給与水準がありますので、これくらいのはたらきを期待するとこれくらいの職務等級になって、そうすると金額はこの範囲で提示する必要がある、という考え方をします。 たとえば、期待するはたらきは2等級だから給与は600万円程度と考えていたところ、競合が700万円の提示をしたとします。どうしても採用したいと思ったとき、3等級に上げて700万円の提示をするか、このままの提示で頑張るか判断を迫られます。 ここで既存社員の顔が浮かびます。3等級では不公平感が生まれてしまわないか。3等級のオファーで3等級の要求をして、採用したい人材は健やかにはたらけるのだろうか。2等級で無理せずにオファーして早々に昇給してもらえるよう導いていくほうがいいのではないか。 また、そこでやってはいけないのは、3等級のオファーを出しておきながら要求は2等級の扱いをすることです。給与額は社員同士非開示だからと公平性を失う判断をしてしまうと、社員からの信頼を失い、組織は瓦解します。そのため、多くの企業が給与水準の全体あるいは一部職種について、見直す機会を経験することになるでしょう。 このように採用の現場を切り取ってみると、労働移動による賃上げは、成長産業では人を積極的に採用し、人の奪い合いによって起きる賃上げ上昇圧力を通じて、市場相場との整合性をとる形で組織が健全に賃上げする流れが起きる、ということなのかもしれません。
柿内秀賢(Reskilling Camp Company代表)