「仕事ができる/できないの境界が描かれて……」“絶対に立ち止まれない”究極のお仕事ミステリは、一体どのように誕生した!?
作家という仕事
荒木 今作は“絶対に立ち止まれない”極限状態のお仕事小説ですよね。「出演者/裏方」という立場上の明確な線引きがある中で、それぞれがプロとして仕事をしています。加えて「仕事ができる/できない」という働くスキルの違いも描かれていると感じました。ドジな幸良Pのエピソードがどれも具体的なので、「同じ状況下にあったら、私もやらかしそう」と胃を痛くしながら読みました。お仕事小説全般において、がんばって働いた人のサクセスストーリーが多いように思っていたのですが、仕事ができない側に立った物語は、非常に新鮮でした。 森 ありがとうございます。読者の方に「こんなこと言ってもらいたいな」というような感想ばかりいただいてしまっています(笑)。 荒木 実は、私も完全に“できない”側だったんです。デビュー当時は新卒で入った会社に勤めていて、本当にミスが多かったんです。専業作家になるという選択は、それなりの覚悟だったり、やっていけるという自信があった上での決断と思われがちですが、私の場合はそうではない。「2つの仕事を同時には続けられないから」というのが、正直な理由です。それもあって、登場人物たちの失敗や奮闘ぶりに、心を揺さぶられました。結局、私は半年ほど兼業を続けた後退職し、そこからは専業作家です。森さんの二足の草鞋(わらじ)状態は本当に尊敬します。 森 「専業作家になる」という目標は、まだはるか遠くにあるので、その決断を下した荒木さんはすごいです。兼業だと時間が足りないなと思う一方で、利点もあります。作家として話すときは「兼業なので」というスタンスで構えられて、会社では「これは作家の方で発散しよう」と感情を使い分けたりして。コウモリみたいに立ち位置を変えてバランスを取ってます(笑)。
2作目で幅を見せよ!
森 今回新刊を準備する中で「2作目って、難しい」と痛感しました。先の見えない中で応募用に書き上げたデビュー作とは違って、“本にする前提で何を書くのか”という考え方になる。昨年、2作目を出された際はどうでしたか。 荒木 すごくよくわかります。新人賞受賞作は、選考委員の先生方はじめ選考過程で読んで下さった方々、そして歴代受賞者の先輩方に、後ろから支えてもらっているように感じていたんです。でも、2作目からは「はい、一人でどうぞ」と、自分の力で戦う世界ですよね。昨年『ちぎれた鎖と光の切れ端』を刊行した時には、独り立ちのプレッシャーがやはりありました。特に、森さんはデビュー作であらゆるジャンルを網羅されましたよね。その分、2作目で何を書くかには悩まれたのではないかなと思います。 森 デビュー作で、推理小説/青春小説/科学小説/幻想小説/恋愛小説と五つのジャンルを書いた分、次は「ジャンルにとらわれない」ということを意識していました。ミステリ要素を入れたお仕事小説でありつつ、青春もあり……という形で、前作の縛りからは自由に、と。M-1グランプリのファイナリストの方々がよく言われているように、2つ目の作品では一つ目とはがらりと雰囲気の異なるものを出して、「幅を見せたい」という気持ちになりました。 荒木 私の場合は、本格ミステリを書くことは大前提としてあり、その上で『ちぎれた鎖』ではとくにミステリとしての面白さを追求したい、と思って書きました。デビュー作はトリックの難易度が低かったと感じていたので、一番の目標はトリックに定めていました。