「仕事ができる/できないの境界が描かれて……」“絶対に立ち止まれない”究極のお仕事ミステリは、一体どのように誕生した!?
これからも小説を
荒木 もう一つ大事にしていたのが、作家人生を通して書き続けたいテーマである、シスターフッドの物語を描くことです。ミステリ作品の中で、女性主人公のバディものは数がまだまだ少ないと思います。だからこそ、私が書いて増やして行くんだ、という気持ちがあります。 森 たしかに『此の世の果ての殺人』でも、自動車教習所に通う主人公と元刑事の教官の女性二人がコンビを組んで謎解きをします。シスターフッドは、荒木さんの作品の根幹になっていますね。 荒木 大学1、2年生の頃に、柚木麻子(ゆずきあさこ)さんの『ランチのアッコちゃん』に出会って衝撃を受け、様々な女性がたくさん登場し活躍する物語をもっと読みたい、と強く思ったんです。女性にスポットライトを当てる物語を書くことがミッションだと感じています。 森 名探偵というと、やはり男性キャラクターが多いですよね。日々暮らしている中でも、九州という地域性もあるのか、性別による役割分担のシステムに「あれ?」と違和感を覚える場面にこれまで何度も遭遇しています。人が集まると、自動的に男女間で異なる役割を帯びる文化の根強さを実感します。 荒木 わかります。加えて、私の場合は、学生時代や社会人生活を送る中でも、自分自身が結構すり減ってしまった部分があったんです。その削られたところを救ってくれたのがフェミニズムの思想だったり、シスターフッド小説でした。自分の置かれていた状況や、今まで何となく辛いと思っていたことに、名前を付けてもらったような感覚を得たんです。だからこそ、女性が活躍する本格ミステリの作品数を増やすことで、恩返しをしたいと思っています。その上で、私自身の課題として、多視点で物語を進めるといった、苦手分野にも挑んでいきたいです。 森 僕の野望としては、杉井光(すぎいひかる)さんの『世界でいちばん透きとおった物語』のような、“ガワ”で仕込む作品をやってみたいですね。物語の外側からも読者を驚かせられるような、メタ的な仕掛けに興味があります。荒木さんはこれからはどのような作品を執筆予定ですか? 荒木 「オール讀物」 に掲載された短篇「ミントグリーンの錯覚」は警察小説シリーズ第一話です。編集部からの依頼で始まった作品なのですが、私としては「本格ミステリを書く」という前提は動かせません。警察小説はもともとあまり読んでいなかったこともあって、自分が書くなんてまったく想像していなかったんです。でも提案を受けたときに、「それなら警察小説で本格を書きたい!」と思って引き受けました。先ほどお話しした「ベランダ越しに見えた死体が突然消えた」という謎は、この作品で描きました。3作目の長篇も現在準備中です。 森さんは、2作目の発売がまもなくですから楽しみですね! 森 荒木さんはエゴサーチってします? 僕はひたすら感想を求めて検索してしまうタイプなんです。今回もまたごりごり検索するだろうなと思っています(笑)。 荒木 小心者なのでAmazonレビューは絶対に見られません。版元の公式Xがリポストした感想にちょっと目を通すくらいです。もともとSNSに疎くて、プライベートでも一切やっていません。作家としてのアカウントを作ることも考えたのですが、マメに更新するなんて、私には仕事でもできそうもなく……。 森 僕はけっこうSNSをやっているほうだと思います。読者からの感想も、全てに目を通して、翌日には具体的なことを忘れてしまうタイプです。いい感想と悪い感想の割合とか、「うわっ」と思った感覚とか、印象だけはぼんやりと残るのですが……荒木さんと僕、共通点が多いかなと思っていたのですが、真逆なところの方が多いですね(笑)。 荒木あかね(あらき・あかね) 1998年福岡県生まれ。九州大学文学部卒。2022年『此の世の果ての殺人』で江戸川乱歩賞を史上最年少で受賞しデビュー。23年に2作目『ちぎれた鎖と光の切れ端』を刊行。「Z世代のクリスティ」と称される。 森バジル(もり・ばじる) 1992年宮崎県生まれ。2019年スニーカー大賞優秀賞受賞作を改題改稿した『1/2―デュアル― 死にすら値しない紅』を刊行。23年『ノウイットオール あなただけが知っている』で松本清張賞を受賞し再デビュー。
「オール讀物」編集部/オール讀物 オール讀物2024年7・8月特大号