【ひねもすのたりワゴン生活】滋賀から城崎、そして神戸 5日間1500㎞のクルマ旅 その9
やがて、目当ての伊根が近づいてきた。大手旅行代理店のロゴが入った観光バスとすれ違ったので、こんな季節外れの平日でもそれなりの観光客が訪ねているのだろう。 伊根の舟屋はいくつかの地区に分散している。日本酒の酒蔵などが人気のエリアは奥のほうにあって、メディアに取り上げられるのもこちらが多い。件の観光バスもそこから戻ってきたようだ。鄙びた漁村の風情を求めてやってきたのに、夏の軽井沢や湘南のような混雑に遭遇したら幻滅するから、手前の日出地区をのんびり散策することにした。とはいえ、不人気というわけではなく、舟屋の数々は整備、手入れが進んでいて、宿泊施設として繁盛しているようだ。実は、城崎温泉に宿を求めた時、伊根の舟屋も候補に挙がったが、どこも満室…泣く泣く断念したのだった。
集落の外れ、ちょっとした高台に公営の駐車場があって、クルマは簡単に停めることができた。その脇からの眺望は素晴らしく、海に面して一列に並んだ舟屋は、風景カレンダーを見ているようだ。湾内の水はとても澄んでいて緑深い海藻が静かに揺らぎ、その間を行き来する小魚が愛らしい。舟屋の連なりに足を踏み入れるまでもなく、心が躍った。
そこから、下り坂を徒歩で1、2分…舟屋が並ぶ集落に入ると、道幅は狭なってクルマがようやくすれ違う程度になる。商店らしきものは目に入らないし、カフェと思しき看板はあったものの営業しているようすはなかった。観光客はほとんど見当たらず、時間帯なのか、地元の方さえ歩いていない。建物と建物の僅かな隙間から舟を降ろす海面を覗くことができて、そこには波音の規則正しいリズムが響いていた。しかし、それとてようやく聞きとれる程度であって、集落は静寂に支配されていて、私たちの足音が響き、写真集の見開きに迷い込んでしまったような不思議な感覚に包まれる。ここに宿を取り、日が沈む頃、海を眺めながら地の魚で一献……そんなひと時を過ごせたらどんなに幸せだろう。