次世代の手術支援ロボットを目指して―初の国産ロボット「hinotori」導入の理由
◇泌尿器手術におけるhinotoriの利点は
ダヴィンチもhinotoriも性能面において大きな違いはないと思いますが、hinotoriの特長の1つとして、アームがコンパクトで自由度が高いことが挙げられます。そのため、前立腺がんの摘出術において理想的なアプローチ方法である「腹膜外到達法(腹膜*の外側の狭いスペースから前立腺に到達する方法)」を行いやすいという利点があります。ダヴィンチはhinotoriに比べてアームが大きいため、狭いスペースで操作する腹膜外到達法で行うのが難しく、多くの場合「経腹膜到達法(腹膜内を通って前立腺に到達する方法)」というアプローチ方法がとられます。しかし、経腹膜到達法では器具がお腹の中を通る際に、腸管を傷つけたり腸閉塞を起こしたりするリスクがあります。こうした理由から、前立腺がんの摘出術は腹膜外到達法で行うほうがよいと私は考えており、その点においてhinotoriのほうが適していると思います。まだ完璧ではないものの、最近ではアーム同士の相互干渉を避けるようなシステムも組み込まれてきています。 *腹膜:胃や腸などの臓器とお腹の壁の内側を覆う薄い膜のこと
◇腹腔鏡下手術にこだわり続けてきた理由
私は2000年代初頭に日本で初めて慶應義塾大学で前立腺全摘除術のロボット支援下手術を行いましたが、以降これまでロボット支援下手術ではなく、腹腔鏡下手術を積極的に行ってきました。2つの手術方法の大きな違いは「触覚」にあります。ロボット支援下手術では患者から離れた場所で遠隔操作して手術を行うため、これまで普及してきた手術支援ロボットでは触覚を感じることはできませんでした*。外科手術では視野をクリアに保つためにもいかに出血を抑えられるかが重要であり、出血をほとんど起こさないような精密な手術を実現するためには、臓器に触れた感触が得られる腹腔鏡下手術にメリットを感じてきたのです。実際、私はこれまでに前立腺がんの腹腔鏡下手術を1000例以上行ってきましたが、そのうち輸血を要したのは3例のみです(2024年現在)。出血を最小限にするためには、どのようなエネルギーデバイス(組織を切ったり止血をしたりする器具)を使うかも大切です。腹腔鏡下手術では自身がよいと思えるエネルギーデバイスを自由に使えることも、腹腔鏡下手術にこだわり続けてきた理由です。また、現在多くの施設で行われている泌尿器科のロボット支援下手術では、通常6つ(または5つ)の穴を開けますが**、腹腔鏡下手術であればそれよりも少なくて済むことがほとんどです。 手術支援ロボットには手ぶれ補正など術者の手の動きをサポートしてくれる機能もあるので、腹腔鏡下手術よりも質の高い手術ができるという意見もあるでしょう。だからこそこれだけ普及したのだと思いますが、私自身は腹腔鏡下手術で十分に手が動く感覚があるので、これまで腹腔鏡下手術で手術経験を培ってきました。 *2023年5月に触覚を有する手術支援ロボット「Saroaサージカルシステム」が製造販売承認を取得している **2023年1月に日本で承認されたダヴィンチSPは最小1つの切開創で手術を行うことが可能