「燃費を“もえぴ”と誤読」「コピーすらできない」…。菜々緒が「アホなコンサル」演じる脱力系コメディドラマ『無能の鷹』の侮れない“意外な深さ”
鳩山は、鷹野の指導係を担当する入社23年目の古株で、絵に描いたようなお人好し。PC音痴の鷹野に対してダブルクリックのやり方から懇切丁寧に教え、ワガママな部長の呼び出しに付き合い、家に帰ったあとは悩んでいる部下からの長電話に応じ……その不憫な世話焼きっぷりは、視聴者の涙を誘う。 そのため妻からは「“都合のいい人”になっちゃってない?」と心配されることも。ストレスフルなケア労働を引き受けているうちにもはや出世コースからは外れてしまったが、気にせず苦労を買って出る人格者である。
一方、そんな鳩山を「尊敬するけど、ああなりたくない」と半ば冷めた目で見ているのが、入社10年目の雉谷だ。彼の特技は根回しと空気読み、そして取引先に合わせたキャラの演じ分け。部署間のパワーバランスと社内キャラ相関図を完璧に把握し、本音と建前を使い分ける、営業部きっての優秀なプレイヤーだ。 話が通じないアホな部長向けに、易しく書き替えたパワーポイント資料を「離乳食」と呼ぶ毒気がありながら、本人の前ではちゃっかり太鼓を持つしたたかさを備えている。面倒事と出世は避けたいので、職場の人間関係にはドライな距離を保っているが、その要領のよさと立ち回りの上手さにより、上層部からの評価は高い。
この2人、思わず「あの人に似てるなぁ……」と身の回りの誰かを思い浮かべてしまいそうなキャラクターではないだろうか。鳩山のような人がいてこそ現場のバランスが成立しているには違いないが、組織で出世する人物はやはり雉谷なのだ。そのような会社組織の“あるある”が、このドラマでは随所に描かれている。 そんな作中ではデキる人の象徴のような雉谷だが、仕事もプライベートも「その場の役割をうまく演じて立ち回る」ことに徹していて、彼自身の主体性や欲はあまり描かれない。また、なんだかんだ営業でミラクルを起こした鷹野も、天然ではあるが「仕事に欲望がなく、役割を演じ切れる人」として、じつは共通しているのだ。この点には本作ならではの、社会を逞しく渡り歩く人物像のようなものを感じる。
■それでも鷹野が眩しい理由 どんなにデキなくても恥じないしブレない鷹野は、一向に参考にはならないが、なんだか眩しく思えてくるのが不思議だ。1話で鷹野はこのように言い切る。「私がこの会社を必要としているから、会社に必要とされているかは考えないようにしている」。名言ではない。ここまで潔く生きていける強靭な精神力は見上げたものである。 このように、視聴者にも毎週突っ込む隙を与えてくれる鷹野は、もはやありがたい存在だ。日々努力して前進することも、目に見えて華やかな一大仕事も、心弾む社内恋愛も特にない、そんなオフィスドラマがあってもいいじゃないか。そんなことを思わせてくれる一作である。
白川 穂先 :エンタメコラムニスト/文筆家