“奇跡”が“軌跡”となったKISEKI trialの裏側――臨床腫瘍学会の患者・市民向け特別プログラム「PAP」リポート第2弾
対人関係における気付きのモデルに「ジョハリの窓」がある。“自分から見た自分”と“他者から見た自分”の情報を切り分け、“開放の窓”を拡げることで円滑なコミュニケーションが可能となるとされる。PPIにおいても研究者が気付いていない“盲点の窓”のニーズを話し合いによって把握し、患者さんの認知度の低い“秘密の窓”を開いて研究活動への理解を深めるなど、研究者と患者・市民が協働することでよりよい研究のアイディアを創出していくことに意味がある。 患者・家族が発案して行われた医師主導治験の事例として、KISEKI trial(WJOG12819L)を紹介したい。第3世代チロシンキナーゼ阻害薬(EGFR-TKI)であるオシメルチニブはそれまで非小細胞肺がんの二次治療以降で使われていた。2018年8月、一次治療にも適応が拡大されたが、二次治療の適応はEGFR陽性かつT790M変異が陽性の患者に使用が限定された。しかし、第1相試験ではT790M変異が陰性であっても20%程度の患者に効果が認められたことから、肺がん患者の会ワンステップより西日本がん研究機構(WJOG)に対して「T790M変異陰性患者を対象に治験を行えないか」との提案があった。WJOGの研究者が製薬企業と交渉し一度は断られたものの、患者会も参加した欧州臨床腫瘍学会(ESMO)での製薬会社グローバルヘッドクオーターとの交渉で実施合意に至った。資金は製薬企業、公的資金、患者会から調達し、2020年8月よりWJOG医師主導治験が開始された。結果は、主要評価項目である奏効割合が29.1%、副次的評価項目である無増悪生存期間中央値が4.07か月、全生存期間中央値が13.73か月と有効性が認められ、副作用もすでに報告されているもので管理可能と考えられた。今後、一次治療後に進行したEGFR陽性T790M変異陰性の非小細胞肺がん患者に対する適応拡大につながることが期待される。患者ニーズを起点に具体的成果に結びつけた素晴らしい事例だ。 PPIは研究計画段階での意見交換にとどまらず、研究の準備や実施、結果の公表など研究のあらゆる段階に取り入れることができる。国立がん研究センターでも2015年から日本臨床腫瘍研究グループ(JCOG)で、患者登録促進、分かりやすい結果の説明、セミナー開催などPPIの取り組みを開始した。2017年のMASTER KEYプロジェクト発足を契機に日本希少がん患者会ネットワーク(RCJ)との連携も開始し、産学患が厚生労働省に共同要望書を提出したことで、希少がん・希少フラクションに対するコンパニオン診断薬の規制緩和も実現した。トークニズム(Tokenism)と呼ばれる「数合わせのための表面上の参加、やっているふり」にならないよう、これからも同じ目的・方向に向かう仲間・同志として手を取り合っていきたい。 *図のキャプションを修正しました(2024年4月17日)