“奇跡”が“軌跡”となったKISEKI trialの裏側――臨床腫瘍学会の患者・市民向け特別プログラム「PAP」リポート第2弾
◇PAP基礎講座1「がんゲノム医療のこれまでとこれから」
基礎講座1では、がんゲノム医療の現状と課題について講演が行われた。発言要旨を紹介する。 ◇ ◇ ◇ ●河野隆志先生(国立がん研究センターがんゲノム情報管理センター) がんゲノム医療とは、がん細胞のゲノム(染色体に含まれる全ての遺伝子と遺伝情報)を調べて最適な治療法を選択する個別化医療の一つだ。 がんにおける治療標的の1つにRET融合遺伝子がある。肺がんでは2012年に発見され、LC-SCRUM-Asia(旧:LC-SCRUM-Japan)によって全国的なスクリーニングが行われてきた。2021年9月にはRET融合遺伝子変異陽性の切除不能進行・再発の非小細胞肺がんに対してRETキナーゼの選択的阻害薬であるセルペルカチニブが承認され、同時にコンパニオン診断薬も承認された。これらは最も臨床応用が進んでいるがんゲノム医療の1つである。 しかし、RET融合遺伝子は肺がんのみに生じるわけではない。乳がんや膵臓がんでも起こり得るが、たとえば臨床試験を通じて治療を受けたいと思っても、現在の日本の保険診療では承認条件にがん種が紐づいているため、ほかのがん種に対しては承認されているコンパニオン診断薬を使用することができない。 このような問題を解決するために開始されたのが“がん遺伝子パネル検査”だ。一度に多数のがんに関わる遺伝子の変異を調べる検査で、標準治療がない固形がん患者または局所進行もしくは転移が認められ標準治療が終了となった固形がん患者に対して、2019年6月から保険適用となった。全国のがんゲノム医療中核拠点病院(13施設)、拠点病院(32施設)、連携病院(218施設)で受けられる(2024年2月時点)。
がんゲノム情報管理センター(Center for Cancer Genomics and Advanced Therapeutics:C-CAT<シー・キャット>)では、これらの病院で行われたゲノム解析を行った結果得られる配列情報と診療情報を集約・保管し、利活用している。C-CATのデータ登録は検査の保険収載と同じく2019年6月から始まり、2024年1月末の時点で7万126人、登録総数に対する二次利用同意割合は99.7%となっている。 C-CATには、検査会社からがん遺伝子パネル検査の結果とゲノム情報が、がんゲノム医療機関から臨床情報が集積される。C-CATは遺伝子変異にマッチした国内の臨床試験の情報を搭載したC-CAT調査結果を病院に提供し、病院ではこの調査結果の情報を用いて“エキスパートパネル”と呼ばれる専門家の集まりで検討したうえで、治療法を患者に提案する。 C-CATでは検査結果を治療に結び付けるための情報提供を積極的に行っている。がんゲノム医療機関は、「診療検索ポータル」でそれぞれの患者ごとに、また「CKDBポータル」では全体として、遺伝子、がん種などから、現在進行中の臨床試験を検索し、実施施設などの詳細を閲覧できる。また、希少がんを対象に行われる分散化臨床試験(医療機関への来院に依存しない臨床試験)の情報も表示され、被験者登録の促進にも一役買っている。 一方、厚生労働省の調査報告によれば、エキスパートパネルの3万822症例に対し、治療薬の選択肢が提示されたのは1万3713症例(44.5%)、提示された治療薬を投与したのは2888症例(9.4%)にとどまっている。そのため、臨床試験の数そのものを増やしていく必要がある。研究開発用には「利活用検索ポータル」としてがん種や年齢、施設名、使用されている薬剤、効果・有害事象の転帰などの情報を提供している。開発中の薬剤の標的となる遺伝子変異を検索すると、各がん種での頻度や変異陽性の患者数の把握ができるため、治験の促進につながることが期待されている。2023年12月時点で、これらのC-CATデータを利用して研究・開発を行っている施設はがんゲノム医療機関39施設、アカデミア4施設、企業10社にのぼる。 医療機関からC-CATに提供される診療情報は患者背景から検査、治療、予後と非常に多岐にわたる。米国癌学会でも2017年よりAACR Project GENIE というがんゲノムデータベースを作成しているが、C-CATと異なり、治療に用いられた薬剤や、効果の情報は含まれない。登録施設数もGENIEの18に対しC-CATは250以上と、より幅広い施設からデータが集積されていることが特徴だ。C-CATへのデータ登録、利活用に同意いただいた患者さん、日頃からデータ登録にご協力いただいているがんゲノム医療機関と検査企業の方々に深く感謝申し上げる。
メディカルノート