円安は政府と日銀による究極の国民イジメだった… 野党もメディアもなぜ声を上げないのか
なぜ国民イジメを野党もメディアも無視するのか
ここで、冒頭で紹介した日銀の植田総裁の発言の意味を、あらためて考えたい。円安は「基調的な物価上昇率に大きな影響をあたえてはいない」うえに、円安による物価上昇は、現時点で無視できる範囲だ、というのがその内容であった。いまほど円安が進んでいなかった昨年、すでに消費者物価が3%を超えて上昇し、このところ異常に進んだ円安を受け、今後はさらなる上昇も見込まれる。当然、消費マインドは冷え切っているが、なぜ、それを無視できるといい切れるのか。 消費者だけではない。急激な物価上昇で原価も高騰し、中小零細企業はこれまで以上に苦境にあえいでいる。今春は賃上げ率が高く、物価上昇とそれを上回る賃上げの好循環が生まれつつあるようにアナウンスされているが、これだけ原価が高騰を続ける以上、岸田総理がいくら発破をかけたところで、中小零細企業にとっては、今後も賃上げを続けられる状況ではない。 それでも植田総裁がいまの異常な物価上昇を「無視できる範囲」といい切るのは、次の理由からであるとしか考えられない。すなわち、日銀にとって大事なのは大企業に利益をもたらすことと、国債の利息を押さえて償還額を増大させないことであって、それらと天秤にかけたとき、消費者が多少の物価高で苦しんでいることなど、無視してもいい――。そこには消費者の目線はかけらもない。 いうまでもないが、消費者にとっていまの物価高は無視できるレベルのものではない。したがって、円安を放置していていいはずがない。消費者だけでなく、大企業の将来をもむしばんでいるのがいまの円安である。すでに述べたように、ぬるま湯に浸りながら利益が得られる状況が政策的に作られたことで、日本企業は世界における競争力を失った。その弊害をいまのうちに直視しておかないと、取り返しがつかなくなる。 同様のことは、たとえばインバウンドにもいえる。いま訪日している外国人で、円高になっても日本に来たいと思う人がいるだろうか。安いのが魅力というだけの現状では、円高に転じた瞬間にインバウンドは萎む。ほんとうは日本を磨き上げ、魅力を増すための努力が必要なはずだが、円安のおかげで各地がそういう視点を見失っている。政策で誘導されたぬるま湯に浸って技術革新を怠った企業と同じである。 また、外国人と反対に、日本人は内向きになり、海外への留学生も激減している。だが、海外で学ぶ若者が減れば、将来の国力低下に直結する。 まだまだあるが、結局のところ、先進国では(日本はすでに先進国ではないかもしれないが)例外である緩和的な金融政策に終止符を打ち、円安を是正する以外、日本が再生する道はない。そもそも、大増税と同様の負担が政策的に国民に課せられているのに、野党もメディアもまったく無視しているという機能不全の日本に、強い憂慮の念を示しておきたい。 香原斗志(かはら・とし) 音楽評論家・歴史評論家。神奈川県出身。早稲田大学教育学部社会科地理歴史専修卒業。著書に『カラー版 東京で見つける江戸』『教養としての日本の城』(ともに平凡社新書)。音楽、美術、建築などヨーロッパ文化にも精通し、オペラを中心としたクラシック音楽の評論活動も行っている。関連する著書に『イタリア・オペラを疑え!』(アルテスパブリッシング)など。 デイリー新潮編集部
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