明治維新は日本人の〝自己犠牲革命〟 「廃藩置県」 「精神」受け継いだ安倍元首相、政治生命を賭して安全保障法制を整備
【井上和彦 永田町よ先人に学べ】 このままでは、圧倒的軍事力を誇る西洋列強諸国の植民地にされてしまう―。「国家存亡の危機」を察知した幕末当時の日本人は、世界史上他に類例をみない自己犠牲革命といえる明治維新を成し遂げ、急速な近代化の道を突き進んでいった。 たとえ、その身分がどうなろうとも、西洋列強諸国に支配され、日本人が奴隷にされてなるものか―。これこそが明治維新の真意であった。つまり明治維新とは、日本初の〝安全保障政策〟だったのである。 世界の無慈悲で厳しいパワー・ポリティクスの現実を直視した支配階級の武士が、自ら特権を捨てて開国し、世界の列強に伍(ご)してゆくために思い切った近代化を推し進めた。当時の日本人の国際感覚は目を見張るものがあった。 日本に迫る脅威を直視せず、国内の政治闘争に明け暮れ、自らの保身のためにしか動こうとはしない現代の政治家とは大きな違いである。 戊辰戦争を経て、一つになった日本を統治することになった明治政府は1869(明治2)年、全国の諸藩が所有する土地(版)と民(籍)を朝廷に返還する「版籍奉還」を断行した。さらに、71(同4)年7月14日には、ついに藩が廃止されて「府」と「県」とする「廃藩置県」が行われたのである。 これは全国各地の藩主はもとより、武士たちが自らの特権や地位を失う大改革だった。武力衝突もなく、世界史上他に類例をみない〝無血革命〟が、この日本で行われたのである。 学校の歴史の授業では、さらっと触れる程度の「廃藩置県」だが、これは極めて重要な出来事だったのである。このようなことができたのは、断固「国を守る」ために、一刻も早く西洋諸国に対峙(たいじ)できる近代国家を建設しようとする、国民の愛国心があったからに他ならない。 明治政府は72(同5)年11月9日、これまでの太陰暦を廃止して「太陽暦を採用」し、西洋諸国との〝暦上の時差〟を無くした。さらに73(同6)年には「地租改正」なる一大税制改革を実施するなど、明治政府は近代化のための大改革を次々と実行していったのである。 当時の日本人には、国のために、自らの地位や名誉さえ棄てる覚悟があった。