がん患者と医療者はどう分かり合えるのか――臨床腫瘍学会で患者・市民向け特別プログラム「PAP」開催
●平井啓先生(大阪大学大学院人間科学研究科) 患者と医療者の間には、コミュニケーションギャップがある。がん治療の経過とゴールがうまく共有できないことが関係性を難しくしている。私は医療者には必ず主語をつけて「“私たちは”この選択がベストだと思います」と専門家の意見であることが分かるように説明してほしいと考えている。We(ウィー、“私たちは”を主語にする)メッセージであれば、提示された治療が唯一絶対の正解ではなく、医療者の価値観を含む選択肢の1つであると理解できる。価値観が異なると感じた場合は、セカンドオピニオンも選択肢となるだろう。
がん治療における意思決定は自分の人生の大事(おおごと)だ。“決める力”には個人差がある。管理職経験がある人などは、合理的な意思決定に必要なスキルが自然と身についていることもある。しかし、そうでない場合は意思決定をサポートしてくれる相談支援センターなどを活用したほうがよいだろう。家族もがんの経験があるわけではないため、相談相手として適切とは限らない。 また、自分のこと、とりわけ「自分のやりたいこと」は、たとえ医療者に尋ねられなくても必ず伝えてほしい。やりたいことが思い浮かばない場合は「やりたくないこと」「嫌なこと」でもいい。これらを紙に書き出して感情を切り離し、客観的に俯瞰することがとても大切だ。
◇PAP特別企画2「がん診療は集約化か均てん化か」
特別企画2では、がん医療診療体制の現状と課題について、特に集約化と均てん化に焦点を当てて講演が行われた。発言要旨を紹介する。 ◇ ◇ ◇ ●石岡千加史先生(東北大学大学院医学系研究科臨床腫瘍学分野) 健康問題における格差(disparity)は国際的にも古くからの課題で、とりわけ2000年以降、急速に論文数が増加している。がんは世界的にも重要な健康問題の1つだが、格差を生む要因は、経済状況、貧富の差、医療制度、医療提供体制、交通の利便性など非常に多様だ。社会的な格差が医療の格差を生んでいる。 2023年3月に閣議決定された第4期がん対策推進基本計画では、がん医療提供体制における均てん化*とともに初めて集約化が課題に挙げられた。これは2022年6月に取りまとめが行われた第3期がん対策推進基本計画の中間評価において、がん医療提供体制について全体の底上げは進んでいるものの、地域間および医療機関間で進捗状況に差があり、均てん化とともに集約化に向けて引き続き検討が必要であると言及されたことによる。全体の改善と格差是正(均てん化)は、異なる課題として取り組んでいく必要がある。 医療提供体制を整備するためには、人材の養成が必要不可欠である。がん対策基本法の基本理念である標準医療の均てん化を進めるべく「次世代のがんプロフェッショナル養成プラン(がんプロ)」では必要な人材の育成を進めている。がん専門医療人材は増加しているものの、地域間や医療機関間の格差はむしろ拡大し、結果としてがん薬物療法の専門医数が少ない地域では、がん細胞の遺伝子変化を調べ治療の手がかりを見つけるがん遺伝子パネル検査の件数が少ないなど、標準医療の医療提供体制に課題が生じている。 *均てん化:医療サービスなどの地域格差などをなくし、全国どこでも等しく医療を受けることができるようにすること