赤ちゃんは言語をどう学ぶ? 研究者が語る「オノマトぺ」の重要性
「新書大賞2024」の大賞に輝いた『言語の本質』(今井むつみ/秋田喜美著 中公新書)。同書の共著者と気鋭の哲学者・小説家が、本書の内容をもとに白熱議論。赤ちゃんはなぜ、大人たちが話す「言語」を理解し、習得できるのか。その謎の鍵を握るのが、言語学で長年軽視されてきた「オノマトぺ」だった―― ※本稿は昨年9月の代官山 蔦屋書店のトークイベント「言語の本質を探す旅」の内容をまとめた『Voice』(2024年1月号)の記事より抜粋、編集したものです。 【今井むつみ】(慶應義塾大学教授) 1989年慶應義塾大学大学院博士課程単位取得退学。94年ノースウェスタン大学心理学部博士課程修了。慶應義塾大学環境情報学部助手などを経て、2007年より現職。専門は認知科学、教育心理学。著書に『学びとは何か』『英語独習法』、共著に 『言語の本質』など。 【秋田喜美】(名古屋大学大学院准教授) 1982年愛知県生まれ。神戸大学大学院博士課程修了。博士(学術)。大阪大学大学院講師を経て、現職。専門は認知・心理言語学。著書に『オノマトペの認知科学』、共著に『言語類型論』『言語の本質』 など 【千葉雅也】(立命館大学大学院教授) 1978年栃木県生まれ。東京大学大学院総合文化 研究科博士課程修了。博士(学術)。専門は哲学・表象文化論。著書に『動きすぎてはいけない』(紀伊國屋じんぶん大賞、表象文化論学会賞)、『勉強の哲学』『現代思想入門』(新書大賞2023)、『デッド ライン』(野間文芸新人賞)、『センスの哲学』など。
「本質」は一つではない
【千葉】私は哲学、文学の観点から、「言葉の実践」に関心をもち続けています。『言語の本質』(中公新書)も刊行後すぐに拝読し、本書への推薦文も寄稿しました。本日は著者の今井むつみ先生、秋田喜美先生と本の内容についてお話しできればと思います。 早速ですが、両先生にお聞きしたいのは、『言語の本質』というタイトルについてです。この本がベストセラーになったのは、内容はさることながら、タイトルで「本質」と言い切った点にあったのではないでしょうか。 実際、タイトルに「本質」とはっきりと書かれていることで、「おっ」と驚き、反応を示した人は多かったはずです。仮に「言語とは何か」というタイトルであれば、これほどの注目は集められなかったと思います。 【今井】言語の「本質」という言葉が、言語学の専門家の間で議論を起こすことは、私も予想していました。人間は生まれながらにして文法知識を持っているとする生成文法の専門家からすれば、本書はとんでもない内容と言えるでしょう。ただ、少なくとも私としてはそんな大それたことを書いたつもりはありませんでした。 一人の科学者として、データとして確認できたものは肯定しますし、データと乖離する見解にはノーと否定します。 また、研究者の立場や考え方によってデータの解釈は異なりますから、そもそも「普遍的な本質」があるとは考えていません。「普遍の本質」ではなく、「my view of essence」、すなわち「マイ・本質」くらいの認識で、秋田先生との共同研究で得た仮説を世に提示したつもりです。 【秋田】私も同じ思いです。「本質」と言うと一つしかないというニュアンスがありますが、私はそうは考えていなくて。『言語の本質』で提示した内容は、あくまでも本質の一部だと考えています。それぞれの立場によって、別の「言語の本質」が議論されてもいい。 見方によって、いろいろな側面があるのが「本質」です。「これが真理だ」と断定するのではなく、よりオープンな議論をめざすべきです。