赤ちゃんは言語をどう学ぶ? 研究者が語る「オノマトぺ」の重要性
「アメーバ」はなぜ「アメーバっぽさ」があるのか
【秋田】オノマトペは、「もぐもぐ」などのように、皆さんも馴染みのある言葉です。じつは、言語学の世界では長らく、オノマトペは取るに足らない周辺的存在と考えられてきました。ソシュールやホケットといった近代言語学の大御所が主張した「言語の恣意性」という概念に反するものと考えられてきたからです。 たとえば、日本語で「イヌ」と呼ぶ動物は、英語の「ドッグ(dog)」やフランス語の「シャン(chien)」とは、まったく違う音形で呼ばれていますね。 このように、言語記号の音声と意味の結びつきには必然性がない(=恣意的)と考えるのが、「言語の恣意性」を含むソシュールの理論です。 他方で、オノマトペには、言語間で音の類似性が認められており、だからこそ「言語の恣意性」に反する言葉として、言語学では軽んじられてきたわけです。 この傾向は、オノマトペの発達していない英語圏やフランス語圏で顕著で、音で概念を真似るオノマトペは幼稚に映り、それに反発する感覚として、「言語は恣意的だ」という刷り込みが強化されたのかもしれません。 【今井】たとえば、英語のオノマトペは、未発達ではありますが、動詞や名詞の多くに、オノマトペ的な「音象徴性」が組み込まれていますね。中国語は音自体がオノマトペ的ですし、形態は違っても、「音象徴性」はどの言語にもある現象と言えるでしょう。 【秋田】たとえば、英語であれば、「スケルトン」。すごく骨格って感じがしないでしょうか? あるいは、「アメーバ」は、すごくアメーバっぽいですよね。 【千葉】たしかにしますね。本当にそうなのかと、なぜか身構えてしまいますが(笑)。 【秋田】あるいは、螺旋を意味する「スパイラル」。この単語を知らない人に「ジグザグと螺旋、どちらの形がスパイラルという感じがするか」と実験で尋ねると、ほぼ当たります。 日本語でも、「硬派(こうは)」と言うと、硬い感じがするし、「軟派(なんぱ)」の「なん」という音は柔らかい感じがする。言語記号と音声の相関は、オノマトペ以外の言葉にもたくさんあるはずなのに、この話をすると皆さん笑うんです。 【千葉】本書でも引用があったタケテ/マルマ効果ですね。尖った図形と曲線的な図形を2つ見せて、「タケテ」と「マルマ」どちらかの名前かを判断させる実験です。 このように問うと、大多数の人が尖った図形に「タケテ」とつけ、丸みのある図形に「マルマ」とつけたという結果が出た。いまも反証はされていないのですか? 【秋田】言語によって割合が違うという説はありますが、反証した人はいません。 【今井】タケテ/マルマ効果が、言語を学習する前の赤ちゃんにも当てはまるのかどうか。それを知るために、実験を重ねました。 音と図形が対応した組み合わせと対応しない組み合わせを示し、赤ちゃんの脳波を調べたところ、反応が明確に分かれました。興味深かったのは、音と図形が対応していないと、赤ちゃんの脳が情報を統合することに苦労していたことです。 「言葉を理解する」ためには、聴覚と視覚の認知が統合されなければなりません。音と形が合致しない組み合わせの場合、両者を統合するための情報処理にかなりの負荷がかかっていたということです。 反対に、音と形が合致した組み合わせでは、脳に負荷がかからずにスムーズに言語学習が進むことがわかりました。 【千葉】つまり、言語の対象と音には生得的なマッチングがある、ということでしょうか。 【今井】そのとおりです。話を敷衍すれば、言語学習は文法のような「知識」ではなく、生物として生まれもった反射のような現象から始まるとも言えます。どの赤ちゃんでも同じ結果が追認されたのは、言語習得の入り口が人類普遍だからでしょう。