フォーミュラEは誰が何のために走らせるのか?
大谷 達也:自動車ライター ■ これはモータースポーツなのか? 3月30日に開催されたフォーミュラE東京大会について、賛否両論が飛び交っている。 【画像】優勝はマセラティ まるでF1のような格好をした電気自動車で競い合うフォーミュラEは2014年の創設。世界各国を転戦する国際的なレースシリーズで電気自動車を用いるのは初の試みだったが、シーズン7が始まる2020年にはFIA世界選手権に認定され、これによりフォーミュラEは世界F1選手権や世界ラリー選手権と並ぶ特別な権威を手に入れることとなった。 また、シリーズ設立当初は1レースを走りきれるだけのバッテリーを搭載できず、レース途中でドライバーがもう1台のレーシングカーに乗り換えるという奇妙なルールも存在していたが、その後、2018年と2022年の2度にわたってマシンを進化させた結果、いまでは「エンジン車を用いた一般的なレース」の形に徐々に近づきつつある。 とはいえ、シーズン10の今季もレースは1時間弱で終了し、その平均速度も100㎞/hをようやく超える程度で、ときに平均速度200km/h以上で2時間近くも走り続けるF1に比べればまだ「ヨチヨチ歩き」といわれても仕方ない状況だ。 しかも、東京大会で用いられた東京ビッグサイト周辺の市街地サーキットはコース幅が狭いうえにタイトなコーナーが多いために追い越しが極端に難しく、レース中の追い越しは数える程度しか見られなかった。 こうした「平均速度が遅い」「追い越しが少ない」「レース時間が短い」といった点にくわえ、電気自動車を用いるフォーミュラE特有の「迫力あるエンジン音が楽しめない」というあたりが旧来のレースファンには不評だったらしく、私の周辺からも「期待外れ」という声が少なからず聞こえてきた。
■ 誰のためのレースなのか? いっぽう、こうした声とは対照的に、決勝レースをグランドスタンドから観戦していた私の周囲では、20~30代と思しき男女が大盛り上がりで、自分たちが応援するマシンが追い越す素振りを見せるたびに「キャーッ!!」「ウォーッ!」「ヤバイ!!」と大歓声を挙げていた。つまり、彼らは目の前で繰り広げられるレースを大いに楽しんでいたのである。したがって、フォーミュラEの捉え方は、観客の「年齢」や「既存レースへの習熟度」によって、180度異なっていたといっても間違いではなかろう。 別に、どちらの見方が「正しい」とか「間違っている」ということはなく、それぞれに「正しく」また「正解」なのだろうが、ここで改めて注目すべきは「フォーミュラEが誰のために開催されているのか?」という点にある。 フォーミュラEが開催される究極的な目標は、電気自動車の認知度向上にあると私は捉えている。つまり、観客に「電気自動車って魅力的だなあ」「次は電気自動車が欲しいなあ」と思ってもらうことが、フォーミュラEに参戦する自動車メーカーにとっては最大の関心事なのである。 したがって、旧来のレースファンの意見は、必ずしも重要ではない。大切なのは、今後、電気自動車を買うことになるかもしれない若い人々にアピールすることなのだ。そうした観点と、私が観客席で体験したことを照らし合わせれば、フォーミュラE東京大会は大成功だったと評価していいように思える。 事実、フォーミュラEに参戦するポルシェの日本法人代表を務めるフィリップ・フォン・ヴィッツェンドルフ氏は「電動化を進めるポルシェにとってフォーミュラEはとても重要。来年以降はさらに力を入れていきます」と言明。フォーミュラEをプロモーションとして活用する意図を明確にした。同様の意向は、ジャガーを販売するジャガー・ランドローバー・ジャパンのマグナス・ハンソン代表取締役社長からも、マセラティ・ジャパンの木村隆之代表取締役からも感じ取ることができた。 そして、それは開催地となった東京都の小池百合子知事にとっても同じことだったようだ。その証拠に、東京都とフォーミュラEの間で今後5年間にわたる開催契約が結ばれたとの噂が囁かれていたほか、今年は8000~1万席ほどだった観客席を来年は3倍程度まで拡大するとの計画も耳にした。私の目には、当初はフォーミュラEの開催に懐疑的だったと東京都側も、今回の成功を目の当たりにして、その可能性を確信したように思える。