渡辺早織さん、イタリアで過ごすクリスマス ふわっふわのパネットーネは「おいしさ独り占め」
【連載】渡辺早織 イタリアの恋する隠し味
イタリアはなんといっても愛の国! 一皿の料理にかける愛も情熱も並々ならないものです。食べてみると、美味しさの奥深くにどこか知らない隠し味がある。イタリアで暮らす俳優・渡辺早織さんがそんなイタリアの愛に溢れた料理と、とっておきの味の秘密にせまるイタリア料理紀行です。 【画像】もっと写真を見る(8枚) 1年の中で一番イタリアが輝く季節、クリスマスのシーズンがやってきた。 12月8日、聖母マリアにまつわる大切な祝日をさかいに、イタリアの街中はイルミネーションでキラキラと輝き始める。 スーパーマーケットやレストランだけでなく、それぞれの家庭でも窓や屋根にお店顔負けのとびきりのライトアップを施すから、街全体がにぎやかになって夜に車を走らせるだけでもとっても楽しい。 このクリスマスという大切な日を文字通りみんなでお祝いするのだ。 「もうちょっと右かな?」 下から聞こえてくる夫の指示にあわせて、2階のテラスの柵に手をのばして慎重に電飾をくくりつける。 できた! 少し不格好ながらもピカピカと光る我が家を見て大満足だ。 クリスマスに向けてのこの準備の時間は永遠に続いてほしい。 クリスマスの食卓の主役は何かと夫に聞いてみると、「パネットーネ」とすぐさま返事が返ってきた。 パネットーネとは小麦粉に卵やバターがたっぷり使われたふわふわな大きなケーキのことで、中にはドライフルーツやチョコレートなどが散りばめられている。 そのルーツこそ北イタリアにあるとされているが、今ではイタリア中で楽しまれており、食卓にあがらない家はないほどクリスマスの象徴ともいえるものだ。 実は日本で食べた時は、大きな感動がなかった。 もちろんおいしいけれど、パンのようなシンプルな生地で、どうしてこれがイタリア人にとってそんなに特別なものなのかふしぎだなぁというのが率直な感想だった。 しかし、イタリアにきてパネットーネを一口食べたら、その考えは一瞬で遥か彼方へびゅんっと飛んでいってしまった。 「なにこれ!! おいしすぎる!!!」 日本で食べたそれとはまるで別物で、世界中の焼き菓子のそれぞれのいいところを全部詰め込んで焼き上げたような「おいしさ独り占め」の食べ物だった。 その生地は飲み物がいらないほどしっとりとしていて、バターをたっぷり感じるリッチな甘さにコルネットのいくえにもかさなる層のようなきめ細かさをもちながら、シフォンケーキのようにふわふわなのだ。 何がそんなにこのパネットーネをおいしくしているのか分からないまま、手のひら以上の大きさにカットされた一切れは瞬く間に口の中へと吸い込まれていった。 ふと、次なる疑問が湧いてきた。 「どうしてこんなに美味しいものをクリスマスにしか食べないんだろう」 毎日とは言わないから、せめて月に1回は食べたいし、スーパーにあれば絶対に買っていつだって常備したい。 パネットーネについてたくさんのイタリア人に疑問をぶつけると、まず返ってくる言葉がこれだった。 「発酵がね…」 どうやら作る上で発酵が大きなキーワードになっているようだ。 パン作りなどで使われるイーストとは異なる複合酵母を使用するそうなのだが、まずこの酵母の管理が極めて難しいらしい。 そしていざ作ろうとすると発酵時間はとても長く簡単にパパっと作れるものではない。 だからこそマンマの味を大事にしているイタリアでも、このパネットーネを家庭で手作りする家はほとんどなく、みなひいきのケーキ屋やお気に入りの銘柄のものを選んで買うそうだ。 パスティッチェリア(製菓店)だってパネットーネをレギュラーメニューに入れたら、眠る時間がなくなってしまうかもしれない。 だからこそ、1年の中でのこのとっておきの時期に特別に作るということなのだろう。 発酵のことは化学の世界なのでよくわからないけれど、以前納豆食べたさに納豆菌を買ってイタリアで作ってみたけれど、まったく日本のような味にはならなかったことを思い出した。 菌と空気の関係も大きく作用しているのかもしれない。 何はともあれ、このパネットーネをパネットーネたらしめているものは目に見えない酵母、いわばクリスマスの「妖精」のしわざということだろう。 明日はいよいよ25日クリスマス当日。 おばあちゃんのおうちに集まって昼から夜まで食事を楽しむ。 私たちもお腹を減らしておうちへ向かおう、とびっきりのパネットーネをもって。 (文 渡辺早織 / 朝日新聞デジタル「&Travel」)
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