原子力発電、再稼働しないことで生じるリスクに目を向けよ 規制委に便益とのバランスを求める制度が必要だ
■ 再稼働に向けたリスクと対策 このようにして見てくると、再稼働(そして新設・増設)を進めることの便益は大きく、再稼働させないことのリスクは大きい。では現在、どのようなリスクが再稼働に向けての協議の俎上にあるのだろうか。 筆者が今回視察した柏崎刈羽原発では、再稼働に向けて燃料が装荷された7号機について、「大雪などで交通状況が悪くなったときに過酷事故が重なった場合の避難」の在り方が自治体との協議で議論になっていて、道路整備などが行われることになっている*4 。 *4:朝日新聞デジタル(2024年9月7日)より 過酷事故とはいっても、代替熱交換器車や代替循環冷却系などの安全対策を強化した結果、少なくとも10日間はフィルタを通して行う放射性物質の放出には至らないので、万が一のことがあっても、それだけ時間があれば避難はできるのではないか。 6号機と7号機よりも海抜の低い場所に立地する1号機から4号機については、海抜15メートルの鉄筋コンクリート製の防潮堤を50ブロックに分けて1キロメートルにわたり築いた。 それに対し「地震によって地盤の液状化が起きて、防潮堤がずれ、ブロック間から津波が侵入する可能性がある」ことが東京電力と原子力規制委員会との間で論点になっている。この点、7号機の再稼働に関しては安全上で問題となることはないという評価が出ているが、1~4号機を再稼働する場合には、何らかの対策が必要とされている。 だが、これはいったいどの程度のリスクであり、そのために再稼働を止めるべきなのだろうか。
■ 米国の原子力規制委員会と同様の規定を 防潮堤がずれるといっても、完全に崩壊する可能性は低いだろう。また、水が侵入したとしても、原子炉建屋も防潮壁で覆われているほか、多様な電源が整備しており、過酷事故に至らないように何重にも対策を打ってある。 現行の原子力規制委員会の方針は、防潮堤の中は「ドライ」でなければならない、つまり水が一滴でも入ってはいけないということだ。 これは典型的な「ゼロリスク」の発想である。ゼロリスクを追い求める限り、コストは無限にかかる。「現行の防潮堤を利用して早期に再稼働すること」と、「防潮堤を新たに作り直すまで再稼働しない」ことの間で、その便益とリスクを冷静に見極めるべきではないか。 合理的な判断を実現するためには、原子力規制委員会を含め、原子力規制に関わるあらゆる法律や組織に、「リスクと便益を比較衡量すること」を義務付けるべきだ。 原子力発電が生み出す安定した電力を安価に享受する権利が国民にはある。これを著しく損なうような規制はすべきではない。 米国の原子力規制委員会では、この「電力の安定安価な供給を受ける国民の権利」と「規制当局がリスクと便益を比較衡量する義務」がはっきり規定してある。日本の原子力規制委員会についても同様の規定を設けるべきだろう*5 。 *5:岡芳明・東京大学名誉教授と筆者の対談動画「東電福島事故の避難のリスク・便益分析」より はっきり規定されていれば、原子力規制委員会は、事なかれ主義からゼロリスクの罠に陥ることがなくなる。そして、電力の安定・安価な供給を妨げていると見做されれば、それが訴訟の対象になるから、合理的な規制のあり方を追及するようになるはずだ。
杉山 大志