自分を主語にして話す、感情を言語化する...若者の“主体性”を育てる意外な視点
「感情を言語化する訓練」で言葉を取り戻す
とはいえ、サポステに相談に来る者たちは、適性以前のところでつまずいている人たちも少なくない。必要最低限の国語力(編集部注)に届いていないため、人からの指示を正確に理解したり、気持ちを適切な言葉で表現したりすることが苦手な若者が多いのだ。白砂氏は言う。 「相談者の中には日常の中のやりとりですら、うまくいかないという人もいます。これらは「職業適性」という以前に、日常生活を送るうえで必要な基本的な力と関係しています。うちでは複数のプログラムを用意して、相談者の能力に応じて場合によっては基礎の基礎から数カ月かけてトレーニングしています」 国語力の弱さが著しい人は、その時の自分の喜怒哀楽といった感情さえ言語化することができないことがある。たとえば、サポステで友人が先に就職が決まったと聞いた時に、自分がどんな気持ちかという感情表現ができず、固まってしまうなどだ。 スタッフは、こうした相談者がきちんと言葉を見つけられるためのトレーニングをしている。たとえば、「晴れ」「曇り」「雨」「雷雨」などのイラストと言葉の入ったカードを用意し、その中から今の気持ちがどれかを選んでもらう。 国語力が弱くても、絵を見ればなんとなく感情と近いものを探し当てられるという人もいるので、そのような形で感情と言葉を一致させるのである。 また、複数の相談者を集めて、プログラムの中でボードゲームやカードゲームを通じて、コミュニケーションのトレーニングを行っている。これもまた言葉を回復させるために行っているのだそうだ。
「自分を主語にして考える習慣」を身につける
初歩的なプログラムが終わると、今度は別の方法で相談者に他の人の気持ちを言葉で考えてもらう。その1つが、「コミュニケーション・アート」と呼ばれる取り組みだ。 複数の相談者が集まり、まず1人が大きな画用紙に好きな絵を描く。つづいて、他の相談者たちも同じ紙の余白に同じく好きな絵を書き足していく。絵が完成すると、スタッフがこのように質問をする。 「みなさん、なんで自分がこの絵を書き足したのでしょうか。一人ひとり考えて答えてみてください」 相談者たちに自分が描いた絵の意味を考え、言葉にしてもらうのだ。ある人は「友達を描き足せばにぎやかになると思ったから」「時間がわからなかったので月を描きました」などと答える。 すると、それを聞いていた人たちは、他人が何を考えているのかを意識するようになる。コミュニケーションの基本は、相手の気持を考えることとだ。このプログラムを通じて、その練習をするのだ。白砂氏はつづける。 「相談者がある程度、感情を言葉にしたり、人の気持ちを考えることの大切さを理解できたりするようになれば、少しずつ職業訓練らしいことへ移っていきます。もちろん、不得意な人は初歩的なところからはじめてもらいますが、ここではカードゲームやコミュニケーション・アートよりもう一段高い力を育てていきます」 代表的なものが、「WORKトレーニング」や「SST(ソーシャル・スキル・トレ―ニング)」である。多くの就労支援の現場でも行われているものだが、就労が困難な若者が抱える問題の解消をも目指す。 WORKトレーニングでは、基本的なビジネススキルやマナーから教えていく。この時、相談者が「0か100かの思考」「ミスへの過大な恐怖」といった傾向を見せれば、その場で修正を試みる。 すでに述べた電話の例でいえば、彼らは電話では応答のミスどころか、言い間違えですら絶望的な失敗だと考えがちだ。だからこそ、電話で話をする時に噛んでしまったり、聞き直したりすることなんて、誰にでもあることなのだと伝える。 その上で、いざミスをした時にどうやって言い直せばいいのか、どうやって質問すればいいのかを教える。 電話に慣れている人にとっては、会話中の言い間違いや聞き逃しなど、ミスのレベルでいえば、100どころか、せいぜい1や2だ。ちょっとした対応で簡単に0に戻すことができる。スタッフが若者の心理をわかっているからこそ、 WORKトレーニングの中でそうしたことを教えられるのだろう。 SSTの方は、社会での人間関係を円滑にするテクニックを学ぶためのものだ。ここでは複数の相談者に集まってもらって、一人ひとり職場での困り事を挙げてもらう。 「緊急時に上司にどう報告すればいいかわからない」「飲み会に連れて行かれるのがつらい」などだ。国語力の高い人には簡単なことだが、そうでない人にとっては心を病むほど大きなストレスとなる。 スタッフはこれらの困り事を書き出してから、みんなに解決策を出してもらう。面白いことに、多くの人たちは自分の悩みには解決策を見いだせなくても、他人の悩みとなるとそれなりに意見を言うことができるという。 「直にトラブルを報告するのが嫌ならメールで起きたことを時系列で書いて送ればいい」とか、「飲み会が嫌なら、先約があると言えばいい」という意見が出るのだ。白砂氏はそれについて次のように解説する。 「幼い頃から大人にいろんなことをおぜん立てされてきた、もしくは否定ばかりされてきた人は、『私は~』と自分を主語にして物事を考えるのが苦手です。自分で物事を決めて考えてこなかったからでしょう。だから、困りごとがあっても、自分はこうすればいいとか、自分ならこうすると考えることができない。 逆に彼らは『親は~』『先生は~』と他人を主語にして考えてきたので、他人目線から見て正しいと思われることにはあれこれ意見を言える。『君はこうすればいい』とか『彼はここが弱い』と指摘することができてしまうのではないでしょうか」 自己分析は苦手なのに、他人の批判は得意という人がいるが、それと少し似ているかもしれない。どちらも、自分を主語にして考えることを許されてこなかったという共通点があるのだろう。 白砂氏は、これらのプログラムが一定の成果を出すには、相談者のメンタルがある程度安定している必要があるという。前職でのトラブルから精神を病んでいたり、不安にさいなまれていたりすれば、社会性を学ぶどころではない。 そのため法人独自のプログラムとして「ヨガ・サークル」などを開催し、相談者にも参加してもらうようにしている。ヨガを通して感情をコントロールする方法を学んでもらうのだ。就職が決まれば、それがアンガーマネージメントの役割を果たすこともあるだろう。