約7.7億円は「ミウラ」史上最高額!? ジェイ・ケイの元愛車だった「P400SV」は右ハンに改造されていた…数奇なヒストリーを紹介します
超高値安定のミウラSVの市場を塗り替えるハンマープライスとは?
フェラーリとランボルギーニのスペシャルショップを主宰するジョー・サッキー氏が著した『ランボルギーニ・ミウラ・バイブル』にも記載されている、サンタアガタ・ボロネーゼ工場での生産記録によると、今回の「The Dare to Dream Collection」オークションに出品されたシャシーナンバー4972は1971年12月13日に完成。「ロッソコルサ」のボディカラーにゴールドのロッカーパネルとアロイホイール、「タン・ナトゥラーレ(ナチュラルタン)」レザーのインテリアで仕上げられた。当初はランボルギーニの正規ディーラー「ペレッタ・ミラノ・ペッリ」社を通じて、旧西ドイツ在住のイタリア人オーナーに販売されていた。 そののち、1974年にイギリスの愛好家ピーター・オーツが入手し、1980年代初頭にノッティンガムの「グレイポール・モーターズ」社によって右ハンドルに改造された。オーツ氏からの数多くの手紙や請求書が、現在もファイルに残っている。 この個体が右ハンドル化された直後、モータースポーツ・コンサルタントとして知られるヒュー・R・ダンダスに売却され、彼の所有となったこのP400SVは「HRD 41」として登録され、数々の英国イベントで活躍した。 1990年代初頭、このシャシーナンバー4972は香港在住のコレクターによって入手され、「モデナ・グループ」にフルレストアを依頼した。その後、このクルマは著名なミュージシャンにしてヴィンテージ・スーパーカーの世界的コレクターである「ジャミロクワイ」のジェイ・ケイの手に渡り、彼の愛車として2004年のBBC『Top Gear』のエピソードに登場している。 ジェイ・ケイはカメラの前でこのミウラをドライブ。「素晴らしい、素晴らしいものだ……!」とコメントした。そののち間もなく、この個体はジェイ・ケイから同じく有名なイギリスのコレクター、マイケル・コッターに譲渡される。 さらに2015年、シャシーナンバー4972は別の英国人オーナーが手に入れ、伝説的なランボルギーニの元ファクトリー・テストドライバー、ヴァレンティーノ・バルボーニ氏に評価を受けている。その後、このクルマは母国に輸送され、著名な「カロッツェリア・クレモニーニ」社によって、オリジナルの左ハンドル構成に戻すなど新たにレストアされた。 この作業のかたわら、ミウラは「ランボルギーニ・ポロストリコ」による審査も受け、エクステリアの色とコンポーネントがオリジナルのデリバリーに適合していることを確認する鑑定書が発行された。ただし、インテリアはオリジナルのナチュラルタンとは異なる、ブルーのレザーで仕上げられてはいるものの、ロッソのボディワークとのコントラストは、とくに魅力的で効果的ともいえよう。 それよりも重要なのはナンバー「4972」のシャシーとエンジン、そしてオリジナルの「771」と刻印されたボディパネルがナンバーズマッチングを保っていることだろう。