建築家たちは宗教の葛藤を乗り越え、近代建築の名作を生んだ
しかしその大胆な造形に抵抗があった。つまりこのコンペには、モダンではあるが表現主義的な精神性を重視する派と、ル・コルビュジエ以後の機能と造形を重視する派との角逐があったのである。 当時の建築会で大きな議論となり、曲折を経て結局、丹下案に反対した審査員の村野藤吾(表現主義的とされる)が、無償で設計を引き受けた(1954年完成)。 丹下は、くだんのコンペの直後、広島の平和記念公園の設計競技を勝ち取り、その後、この東京カテドラルにおいて、シェル構造案を実現させた(1962年完成)。 一方で村野も、聖堂の設計に精魂を注入した。 カトリックの伝統にのっとったバシリカ式であるが、やはりモダンであり、抑制された造形性は、嫌味を感じさせない。崇高、静謐、敬虔、おそらく信者たちは、西欧キリスト教の歴史にも敬意を払うという点で、こちらに軍配を挙げるであろう。作品の多い村野であるが、代表作と言ってもおかしくはない。 こうしたキリスト教の歴史が絡んだ、建築家たちの葛藤を経て、東京カテドラル・マリア大聖堂と、広島の平和記念聖堂は、丹下健三と村野藤吾、この時代の日本を代表する建築家、それぞれの作風において、教会建築の名作となっている。
そして近年(1989年)、もう一つの名作が登場する。 安藤忠雄の設計による光の教会(大阪府茨木市)である。 こちらはプロテスタントの教会堂であり、前二者よりもはるかに小さくはるかにローコストである。いわばただのコンクリーの小さな箱に過ぎないが、注意深く組まれた型枠に注意深く打たれたコンクリートの壁面と、壁を切り取って外光を取り入れただけの十字架は、強固な精神性を感じさせ、伊勢神宮にも似た日本の建築的原型を実現している。 僕は、この三つの建築を訪れてみれば、あまり縁のない人にも、建築というものがもつ「実用と豪華さとを超える精神的な価値」を理解してもらえるのではないだろうかと考えている。 東京カテドラルは「造形と力感」、世界平和記念聖堂は「敬虔と静謐」、光の教会は「質朴と強固」、それぞれに方向の異なるモダニズムの名建築である。 ヨーロッパにおいて、建築はキリスト教から離れることにおいて近代化したが、日本ではむしろ、キリスト教に近づくことによってモダニズムの名作が誕生した。