建築家たちは宗教の葛藤を乗り越え、近代建築の名作を生んだ
ローマン・カトリックの聖堂建築には一つの型がある。 古代ローマのバシリカ(集会所)から出発しており、屋根はヴォールト(かまぼこ型)で、上から見ると十字に交差し、クロス・ヴォールトとなる。その十字は縦に長いラテン十字で、一般に「長堂式」と呼ばれ、十字の下の方、中央から入る。 一方、ギリシャ・オーソドックスの聖堂は、ドーム屋根が多く、上から見るとプラスの字型すなわちギリシャ十字で、一般に「集中式」と呼ばれる。 カトリックの総本山、ローマのサン・ピエトロ寺院は、ルネサンス期に、ブラマンテが原案の設計を行い、上から見るとギリシャ十字となっている。実施案の基本を設計したミケランジェロもこれを踏襲した。当時の芸術家の美意識が、いかにギリシャに傾倒していたかが理解できる。当然、異論噴出。教会側は、前面部分を加えてこれをラテン十字に切り替えている。 つまり建築の形態に、宗教の歴史的葛藤が反映されるのである。
実は、この東京カテドラル建設の経緯にも、それと似たような葛藤があったのだ。 ことは、広島の平和記念聖堂の設計競技に端を発する。 この象徴的な意味をもつ都市の聖堂建設では、平和日本の象徴として、建築界を挙げての大々的なコンペティションが行われた。大量の応募案の中から、丹下健三案が最高クラス(もう一人の案とともに二等)の評価を得たが、審査結果は実現すべき「一等案なし」というものであった。 議論は、シェル構造を採用した丹下案の扱いに集中した。一等とならなかった背景に「長い歴史をもつ教会に、あまりにも大胆な(モダンな)造形は合わない」という趣旨の、審査員と教会側の意見があったのだ。 応募要項には「健全な意味でのモダン・スタイル」がうたわれていたのであり、モダニズムそのものが否定されたわけではない。モダニズムとは、過去の様式と装飾を否定し、機能にもとづいて建築すること(form follows function=形態は機能に従う)を旨としている。しかし聖堂となれば、その形態に何らかの象徴性は必要だ。丹下健三という建築家は、モダニズムの中に、都市スケールの軸線と、大胆な構造技術によるダイナミックな造形とによって、象徴的な形態を実現することが、天才的に上手い。