女装者がその魅力で敵の男をたらしこみ、隙をついて暗殺する。なぜサン・ジュストは「美貌のテロリスト」として日本化されたのか…井上章一が語る「ヤマトタケルとフランス革命史」
◆ヤマトタケル変奏曲 のみならず、この話型は時代が下ってもたもたれた。同工の物語を、いくつも派生するにいたっている。たとえば、遮那王(『義経記』)や犬坂毛野(『八犬伝』)の物語を。その過程を、さいきん私は本にまとめている。『ヤマトタケルの日本史-女になった英雄たち』として、刊行した。 刊行当時は気づけなかったが、書きそえよう。ヤマトタケルの女装暗殺譚は、21世紀の日本でも生きている。それは、フランス革命史のサン・ジュスト語りに飛火し、これを変容させた。この革命家を、ヤマトタケルともつうじあう人物にしてしまったのである。 サン・ジュストは革命の急進派として、史上には位置づけられている。王殺しのテロリストといったような評価もある。美形の人としても知られてきた。日本へくれば、ヤマトタケル風に話が加工されかねない人物ではある。そして、ほんとうにそのとおり、『断頭のアルカンジュ』は話をすすめていった。 18世紀のフランスには、シュバリエ・デオンという女装の剣士が実在する。革命前夜の政局にも、少しかかわった。しかし、彼にはテロリストめいた実蹟がない。だから、日本のマンガは、ヤマトタケル風に加工しなかった。『イノサン』(坂本眞一 2013―20年)は、端役をあてがったが。 ヤマトタケルめいた女装者に、日本でばける。そのためには、サン・ジュストのようなキャリアが必要だったのかもしれない。
井上章一