どんな会社でも「出世する人たち」の”意外な共通点”があった…なぜか「軍事の天才・ナポレオン」から学ぶワケ!
「挟撃」に誘い込む「内線作戦」より各個撃破
また、敵に弱点を示して決戦に誘い込み、各個に撃破するのも得意だった。その典型的な策案は、二つの敵の間に主力を配置し、ナポレオン軍を挟撃しようとするように敵を誘致して、各個に撃破する「内線作戦」である。 やむなく内線態勢になるのではなく、自分から求めて内線態勢に入るのだから、当然、最悪の事態を覚悟し、ひそかに秘密の対策も講じていた。典型的な戦例は、モンテノットとワーテルローの会戦である。ただ、ワーテルローでは、部下の不手際によって敵を決戦にひきずり込めなかったため失敗に終わった。
平和秩序構築に失敗、軍隊の役割の限界
戦争終結外交の失敗と評価される事例もあった。1806年のイエナの戦いでプロイセンを破ったナポレオンは、プロイセン全土の占領という相手にとって屈辱的な要求をした。これに対し、ルイーゼ皇后は「名誉を全うして滅亡しましょう」と国王に進言し、同意した国王はロシアに逃亡した。 これを知ったロシアは徹底的にフランスと戦う決断をした。ナポレオンは戦争の勝利をもって一時的に平和秩序の構築に失敗した。戦勝国が第一になすべきことは、敗戦国の名誉と尊厳の尊重である。 その基本は相手国の国際社会での独立国としての存在を保証することからスタートする。滅亡や無条件降伏、全土の占領などは平和の構築の基礎条件にはならない。第二に、敵軍を撃破したあとは、ジンギス・カーンの故知に習い、部分占領に留まるか、撤兵するのが歴史の教訓である。それは軍隊の役割の限界である。
海洋国家VS大陸国家の宿命
プロイセンの首都ベルリンを占領したナポレオンは、最大の敵対国である英国を追い込むため、ベルリン勅令(英国との交易禁止令)を発布した。しかし、これも失敗をはらむ根源的な問題を抱えていた。 海洋国家である英国は、経済的には貿易と高級技術による「付加価値」で生存しているが、大陸は原料と製品の「産出価値」で生存している。島国が大陸との交易を遮断されると、重要な市場を失うが、アメリカ大陸や中東との交易が維持される限り致命的ではない。しかも密貿易という手が残る。 ところが大陸側は資源が大陸から生産されるので生存にまったく困らないが、「高付加価値に対する欲望」が満たされない。結果的に密貿易が求められる。秘密であろうと正規であろうと貿易は海洋国家の得意技である。受け身に回るのは大陸国家で、それは政治的打撃となる。ロシアはその後、英国との貿易を再開し、ナポレオンはロシアを征伐するためロシア遠征をおこなうが、大敗を喫し、自らの失脚への転換点となる。