90歳の元東大教授・医師が考える「生きがいが健康長寿につながるのはなぜか」
90歳を迎えた今も現役医師として週4日高齢者施設で働いている折茂肇医師。健やかに老いていくためには「病気と仲良くすること」、「食べること(体の維持)」、「役に立つ意識(生きがい)」の3つが大切というが、自身も超高齢者となってたどり着いた答えだという。今回は、健康長寿になぜ「生きがい」が重要なのかを説明する前・後編の後編。 【動画】90歳現役の折茂肇医師の回診の様子とインタビューはこちら 折茂医師は、東京大学医学部老年病学教室の元教授で、日本老年医学会理事長を務めていた老年医学の第一人者。自立した高齢者として日々を生き生きと過ごすための一助になればと、自身の経験を交えながら快く老いる方法を紹介した著書『90歳現役医師が実践する ほったらかし快老術』(朝日新書)を発刊した。同書から一部抜粋してお届けする(第10回)。 * * * ■生きがいがある人ほど健康である 私が大学で研究していたころはまだ、「生きがいとは何か」「生きがいが大切だ」などと言う人はあまりおらず、そのような、ある意味スピリチュアルなことをテーマとした研究はそれほど多くなかった。それは研究対象としても、身体的なことは数値で示せるのに対し、精神的なことは数値で示しづらいということもあったかと考えている。しかし、現在では高齢者と生きがい、あるいは生きがいと健康に関する研究や調査も少しずつではあるがなされているようだ。いくつか紹介しよう。 内閣府の「令和5年版高齢社会白書」では、全国の65歳以上の男女2414人を対象に行った「令和4年度高齢者の健康に関する調査」の結果として、健康状態が「良い」と回答した人ほど生きがいを感じる程度は高く、健康状態と生きがいは非常に強い相関関係がみられると報告されている。 ちなみにこの調査では、社会活動(健康、スポーツ、地域行事など)に参加した人のほうが、参加していない人より健康状態が良い人の割合が高いという報告もある。
和歌山県のある市町村の住民約3000人を対象として行われた「主観的な精神健康度と身体健康度、社会生活満足度および生きがい度との関連性」という研究では、高齢者ほど生きがいが低下することが報告されている。そして、高齢期の男性は、生きがい度の低さが精神的な健康度の低さに強く影響しているという報告が得られた。この研究では、とくに高齢期の男性では、家庭や社会での自己の存在意義(生きがい)が十分に見出されていることが、精神的な健康度に大きく影響するという指摘もある。 ほかにも、7年以上にわたり、60 歳以上75歳未満の約1000人を対象に行った研究では「歩行習慣、睡眠時間に加えて、生きがいがあることが高齢者の生命予後に重要な影響を与えていた」と報告されている(*1)。 さらに、40歳以上80 歳未満の約3000人を6年以上追跡調査したところ、「生きがいがあるとはっきりいえない者、ストレスがある者、頼られていると思わない者はそうでない者に比べ、年齢、喫煙、飲酒、高血圧の既往歴を調整しても循環器死亡のリスクが上昇していた」という結果も出ている(*2)。 ■なぜ、生きがいがあると健康になるのか 紹介したように、生きがいが健康長寿につながるという報告は多い。では、生きがいがあることが、どのようなメカニズムで健康につながるのだろうか。それについてもいくつかの研究報告があるようだが、生きがいの研究というのは難しい側面もあると思っている。なぜなら、何を生きがいとするかは人それぞれであり個人差が大きいものであるからだ。また、生きがいとは主観的でスピリチュアルなものでもあることから、医学的に研究することは難しいのではないかと思うのだ。 ただ、私の医師としての経験もふまえて考察するに、生きがい、つまりは楽しいこと、熱中できること、あるいはやるべきことがあると、気持ちに張り合いが生まれ、精神的に満たされる。もしくは前向きな気持ちになれる。 心が元気になれば、行動も変わる。日々の生活にも意欲的になり、積極的に人と関わったり、社会的な活動に参加したりもするようになる。さらには、いつまでも健康でいられるようにという意識も高まり、運動をしたり、食事に気を配ったりということもするようになるかもしれない。その結果、心も体も健康になり、長生きできるというストーリーが成り立つのではないだろうか。 正直なところ、現代医学でそのメカニズムは説明できない。人体に関する多くの不思議がいまだ解決されていないように、生きがいは医学を超えた神秘的なパワーなのだ。小難しい理屈は抜きにして、そのパワーを信じてみる価値はあるだろう。 「これをしたら体によくないからやめよう」とか「健康になるためにこうしなければ」などと考えて義務的に運動や食事といった生活習慣を改善するのは、楽しくないし、つらいだけだから長続きしない。でも、自分の好きなことや楽しみを見つけ、それに打ち込むことで自然に健康になれるとしたら、そんなハッピーなことはないだろう。 *1 関奈緒:日衛誌56:535-540 2001 *2 坂田清美ほか:厚生の指標49: 14 -18 2002
※『90歳現役医師が実践する ほったらかし快老術』(朝日新書)から一部抜粋 ≪著者プロフィール≫ 折茂肇(おりも・はじめ) 公益財団法人骨粗鬆症財団理事長、東京都健康長寿医療センター名誉院長。1935年1月生まれ。東京大学医学部卒業後、86年東大医学部老年病学教室教授に就任。老年医学、とくにカルシウム代謝や骨粗鬆症を専門に研究と教育に携わり、日本老年医学会理事長(95~2001年)も務めた。東大退官後は、東京都老人医療センター院長や健康科学大学学長を務め、現在は医師として高齢者施設に週4日勤務する。
折茂肇