「自分のありようが白日のもとにさらされた」…アルツハイマー病に侵された夫が初めて妻に明かした「心の内」
いよいよ公表のとき
それから7ヵ月後。 晋と私は、北海道浦河町で開催された、エクスチェンジ・プログラムの開会式の場にいました。国際交流委員長として、会の冒頭、英語のスピーチを頼まれていたのです。米国に留学経験のある次女が、通訳として同行してくれました。韓国、台湾、日本から集まった、およそ100名の参加者の前で壇上に立った晋。 教授時代の彼は発音が上手で、英文で発行される学会誌の編集委員を務めていたこともありました。きっと自ら英語で話すつもりでいたはずです。 しかし、少ししゃべったところで言葉に詰まってしまいました。すかさず次女が話を引き取り、口頭で先の巻頭言を翻訳し、あわせて父の現状を説明して開会の挨拶に代えます。聴衆からは温かい拍手が送られましたが、次女によれば、 「パパの目に涙があったよ」 悔し涙か、それとも〈やり切った〉という達成感の涙だったのか(私は後者と信じていますが)。しかし、あらためて振り返ると、これまで社会的には圧倒的強者だった彼が、自分の弱さを公表し、支えられつつ役割を全うできたのは意味のあることでした。 ブラウニングの詩ではありませんが、確かに、「最善はこれから」だったのです。 『アルツハイマー病の夫と付き添う妻の「閉塞した毎日」を打ち破った「思わぬ転機」とは』へ続く
若井 克子