日産の「901活動」から生まれた! 7代目 B13型「日産・サニー」とは
7代目「日産・サニー」とは
数ある日産の象徴的なモデルの中で、サニーが果たした役割は称賛に値する。1980年まで、日産が日本の自動車文化をリードしたのは、サニーが大人気だったからです。 【画像】カッコよすぎる! 7代目「日産・サニー」の画像を見る(10枚) 1991年には、日産初の国内生産累計1000万台を記録。1992年には日産のすべてのクルマを含めた国内生産累計で4000万台に達した。つまり、それほど日産を牽引し、いや、日本の自動車文化を支えたのだ。日本を代表する大衆車として、日本国民にマイカーを持つ喜びを与えたました。その功績は高く評価されています。
ここで紹介する1992年式サニーは、1966年デビューの初代から数えて7代目です。ですから、バブル経済がハジケタ直後に誕生したのです。その意味では、悲劇のサニーと言えるかもしれません。 ですが、この個体は1992年式ですが、7代目は1990年誕生です。つまり、開発期間がおよそ4年だとすると、逆算して企画がスタートしたのは1986年。バブルの最中なのです。クルマとしては贅沢な作り込みが確認できますね。
搭載するエンジンは9種類も説定されていました。これがまさにバブルならではの贅沢です。2リッター、1.8リッター、1.6リッター、1.5リッター、さらには1.4リッターに1.3リッターと、100ccきざみなのですから、いまでは考えられません。その下には1リッターがあり、1.7リッターのディーゼルもラインナップに加わっています。 クルマの中で、もっとも開発期間が長く、技術やコストが要求されるのがエンジンとされています。ですから、EVメーカーだけは雨後の筍のように林立できているのですが、ともあれ、そんな高価なエンジンを9種類も揃える点は贅沢ですよね。 ここで紹介するサニーは1.8リッター仕様です。軽量コンバクトなボディに1.8リッターですから、力強さが印象的でした。 走りも優れていました。最大のポイントは、日産の「901活動」が基本だったことです。90年までの技術で世界一になる。その号令のなか開発が進められました。ですから、クルマとしての完成度は高いのです。特に走りの良さも秀逸です。 それを誇るように、エンブレムがサニーマークから日産のCIに変更になりました。