MotoGP日本人ライダーの戦い【第18戦タイGP】小椋藍がMoto2チャンピオンに輝く。チームとともに見せた歓喜と、もう一つの表情
小椋藍は、トップのアロン・カネトから少し離れて、2番手を走っていた。 レースは終盤だ。数周前には、再び雨が降り始めている。21周目を迎えたそのとき、赤旗が提示された。 【画像】MotoGP第18戦タイGPの模様をギャラリーで見る(8枚) その瞬間、小椋藍の2024年シーズンMoto2チャンピオン獲得が決定した。 文/Webikeプラス 伊藤英里_Eri Ito
Moto2小椋藍がタイトル獲得。日本人ライダーとして15年ぶりに王者が誕生
ポールポジションのグリッドについた小椋藍(MTヘルメット – MSI)は、緊張をもって決勝レースのスタートを待っていた。コンディションのせいだ。雨は上がっていて、メインストレートは濡れてはいたものの、それ以外は乾いている。「ついてる!」と思った。といっても、完全なドライコンディションというわけでもない。どうなるかわからない。それが小椋に緊張をもたらしていた。もしもドライコンディションのレースだったら、それほどは緊張しなかっただろう。 小椋は、MotoGP第18戦タイGPを、チャンピオン獲得がかかる一戦として迎えていた。ランキング2番手のアロン・カネト(ファンティック・レーシング)とは65ポイント差。小椋は5位以内に入れば、チャンピオン獲得が決まるという状況だった。 決勝レース、序盤は抑えて走った。「最初の数周は路面状況がよくわからなかったので、下がって様子を見ていた」という。しかし、6周目から追い上げを開始すると、順位を上げていく。5番手に浮上しても、前を追うことをやめなかった。 土曜日、小椋は「できれば表彰台には立ちたいけど、いつも通り、できる限りの限界で走るのが安全だと思う」と語っていたが、その言葉通り、追い上げていくいつもの走りだった。 レース中、一度、ヒヤリとしたことがある。7周目の1コーナーでダリン・ビンダー(リキモリ・ハスクバーナ・インタクトGP)をかわした際、インサイドに入った小椋がはらむ形になって、ビンダーに接触してしまったのだ。もちろん、小椋はビンダーを無理にかわそうとしたつもりはなく、サイドスリップが利いてビンダーのマシンに寄せられてしまったのだという。 「変な音がしたので、『ああ、転倒させちゃった、ロングラップだ』と思いました。でも、(コーナーを)立ち上がってモニターを見たら、ビンダーがまだ走っていたので、『よかった……!』と思って」 この件に限らず、今週末の小椋には結果的にうまく収まったことがいくつかあった。結局スリックタイヤでレースをスタートした天候と路面状況もそうだと言えるだろうし(もちろん、これはどのライダーにも平等ではある)、金曜日に発生したエンジンの不調もその一つだった。不調のエンジンは土曜日に載せ替えとなって、予選Q2でポールポジションを獲得するのだが、これがもし土曜日に発生していたらもっと大変なことになっていただろう。Moto2クラスには、日曜日朝のセッション、ウオームアップがないため、決勝レースに向けて確認できるセッションがないからだ。 こうして小椋はトップのカネトに迫る勢いで2番手を走っていたが、16周目あたりで再び雨が降り始める。そして20周を完了したとき、赤旗が提示された。レースは全周回数の3分の2を完了していたことからそのまま終了となり、小椋は2位を獲得した。 小椋藍が、2024年シーズンのMoto2チャンピオンに輝いた瞬間だった。 日本人ライダーとしては、2009年250ccクラスでチャンピオンを獲得した青山博一さん(現ホンダ・チームアジア監督)以来、15年ぶりとなるチャンピオンの誕生である。 「レース人生では、世界チャンピオンを獲得することが、僕の中でいちばん大きな目標でした。それを達成できたので、想像していたくらい、うれしいです」 そう語る小椋は、「(パルクフェルメに)帰ってきて、チームのみんなを見たときのほうが、うれしさはありましたね」とも語る。そこが、小椋らしい。 「世界選手権のレースで戦っているときは、自分がオートバイに乗って勝ってうれしいというよりも、周りが喜んでくれることが、僕はいちばんうれしいと感じるから」 パルクフェルメで、そして表彰台で、小椋は笑顔をたたえていた。けれどそれ以上に、時折何かをかみしめるような、その時間をからだじゅうに染み渡らせているような表情があった。それが言葉以上に、小椋がどんな感情の中にいるのかを伝えていた。