過去に人違いされたことも…なぜ幕尻の徳勝龍は20年ぶりの“史上最大の下剋上V”を果たすことができたのか?
「徳勝龍は子供のころからずっと体格を生かした突き押しだけの相撲でした。近大時代もそうです。突き押しを磨き、幕下上位に上がった後も突き押し一辺倒の相撲です。それが北の湖部屋預かりとなり、北の湖親方と出会い、相撲観が変わったのです」 あるとき、ちゃんこを食べていると北の湖親方が、突然、「おまえは、自分の相撲は突き押しと思っているだろうが、違うぞ。おまえは左四つなんだよ」と、四つ相撲への転身を命じたという。 「おそらく稽古を数回見た程度だったと思うのですが、体型も含めて、北の湖親方にひらめきがあったのでしょうね。あんこ型の大きい体ですが、意外と器用でなんでもできる。稽古でさっそく試すと、本人もびっくりするほど、しっくりときたようです。そこから左下手、右上手をとる四つ相撲に転向して、関取になり、幕内上位に上がっていったのです」 2013年の名古屋場所で新入幕、2015年の夏場所では、西前頭4枚目まで上がった。 「千秋楽の貴景勝との一番が、まさに右上手をとり万全な四つ相撲からの寄り切りでした。7年前に転向した原点に立ち返った相撲に感じました」と荒井さん。 5年前に他界した北の湖親方も、どこかで徳勝龍を見守っていたのかもしれない。 ケガがない肉体の頑丈さも徳勝龍の特徴だ。2009年の初土俵から11年間、休場がない。連続出場847回は現役4位である。荒井さんは、木瀬部屋の風土が影響していると見る。 「木瀬親方(元幕内肥後ノ海)が、ケガや風邪などの体調管理に熱心に取り組んでいる方で予防とケアを徹底されています。準備運動のストレッチだけでなく、稽古場の土俵の砂も綺麗に濾過して雑菌を取り除いて衛生面を徹底、清潔な砂にしています。そういう部屋の方針が徳勝龍が休まずできていることにつながっているのではないでしょうか」
荒井さんは、「徳勝龍をひとことで表現するのなら真面目。地味なコツコツタイプ」という。場内インタビューでは関西人らしいユーモアを発揮したが、性格は真面目で実直。荒井さんは、国技館で見た、あるシーンが忘れられないという。 お客さんが、徳勝龍をどことなく似ている千代鳳と間違え、パンフレットの千代鳳のページを開き、そこにサインを求めたという。 徳勝龍はムッとして怒ることもなく「僕は徳勝龍ですよ」と笑って、パンフレットの自分のページを開いて、そこにサインをする神対応を見せたというのだ。 徳勝龍は「まだ33歳だと思っています。次が大事、いけるところまで行きたい」と意欲を語った。 荒井さんも33歳になった徳勝龍には化ける可能性があるという。 「この年になって、自分の持っている力を効率よく使うことができはじめています。今場所は、5日連続で決めた突き落としが有名になりましたが、あれも188キロの徳勝龍は腹が出ているので、相手がマワシを取って密着できません。体に隙間ができるので、決まりやすい技なのでしょう。体型を生かしています。相撲IQの高い力士だと思うので、賜杯を抱いたことをきっかけに大化けする可能性はあると思います。近大の後輩の朝乃山がそうでした。これからは、本人も予想しない強さを発揮するのではないでしょうか」 次の3月場所は、奈良出身の徳勝龍にとって地元とも言える大阪場所。”荒れる春場所”で再び徳勝龍旋風を巻きおこす決意だ。