「振り向くと誰もいなかった」老舗メーカーの女性社長が気付いた根深いジェンダーギャップ ポストを用意するだけではだめ、段階を踏みながら進める女性の昇進
顧客のプラントにケーブルが納入されて電気が通った時のことは、最もうれしかった思い出だという。既に現場から離れていたが「自分が関わってきた技術が製品になり、世の中に認められるうれしさはどのポジションになっても同じだ」と話す。 女性技術者は開発から離れることを嫌って経営に携わるポジションに上がることに迷う場合が多いというが、「上の立場になるといろいろな提案やサポートができるようになる。役割は変わるが技術から離れる必要は全くない」と強調する。 ▽「何の役にも立っていなかった」取締役時代 長谷川さんは2013年に同社初の女性取締役になった。ただ取締役会では「自分の発言が経営に反映されているという感覚はほとんどなかった」という。当時の取締役会は上司と部下の関係がそのまま持ち上がっていた。子会社の社長たちも同じ年代で、同じような仕事をしてきた人たちばかり。 長谷川さんは「私は何の役にも立っていなかった」と話す。研究職という異色のキャリアから就いた長谷川さんの意見に耳を傾け、意思決定に生かそうという空気はそこになかった。
会社はバブル経済が崩壊して以降、収益率が低迷し、特別損失の計上を繰り返すなど業績は落ち込んでいた。2016年3月期には純損益が91億円の赤字に沈んだ。強い危機感を持った当時の社外取締役が革新的なことができる経営トップを求め、白羽の矢が立ったのが長谷川さんだった。海外企業との折衝経験があり、新規事業を手がけてきた実績も買われた。 ▽会社を変えるため若返りを実行 2018年に社長に就任し、会社の抱える問題は「何も変わらないこと」と「決断に時間がかかること」だと考えた。社長になってすぐのころ、取り組みたい内容を役員に伝えたところ、できない理由を何枚ものリポート用紙にまとめて渡されたことがあった。「自分の改革を圧倒的に支持してくれる取締役会と執行役員会をつくりたい」との思いを強め、ガバナンス(企業統治)改革に手を付けた。経営の透明性の向上を目的に監査等委員会設置会社へと移行した。執行役員の若返りを図り、子会社の社長は勇退してもらった。 「社長がいくらやりたいという思いが強くても、取締役会や執行役員会がしっかり理解し、合意してくれないと社長一人ではどうにもならない。人を代えるのは社長に与えられた権利なので、社外取締役にも相談しながらどんどん進めた」