日本・台湾合作で贈る異色のラブストーリーにして破格の幻想譚『雨の中の慾情』
国内外の映画界にメガトン級の衝撃を与えた『岬の兄妹』(2019年)や『さがす』(2022年)、Disney+のドラマシリーズ『ガンニバル』(2022年/シーズン2の配信が2025年3月19日に決定)など、いまの日本でとりわけ骨太かつ特濃の話題作を放ち続ける気鋭が、片山慎三監督(1981年生まれ)だ。ポン・ジュノ組の助監督出身でもあり、アジア全域に人気や知名度を広げている彼の、長編映画第3作となる最新作がいよいよ劇場公開となる。それが第37回東京国際映画祭のコンペティション部門にも選出された日本・台湾合作の『雨の中の慾情』だ。 【場面写真】『雨の中の慾情』
『さがす』『ガンニバル』の鬼才・片山慎三監督が描き出す つげ義春原作の官能的なストレンジワールド
原作はつげ義春(1937年生まれ)。御年86歳の生ける伝説と呼ぶべきカルト的人気を誇る天才漫画家で、1960年代後半、『月刊漫画ガロ』誌に発表した『李さん一家』『紅い花』『ねじ式』などで前衛的な漫画表現の可能性を切り開き、熱狂的な支持を獲得。比較的後期の作品では『石を売る』からのシリーズ連作のひとつ、竹中直人が監督・主演で映画化した『無能の人』(1991年/第48回ヴェネチア国際映画祭批評家連盟賞を受賞)などもよく知られている。つげはヨーロッパ最大級のバンド・デシネのイベント、フランスのアングレーム国際漫画祭(「漫画界のカンヌ」とも呼ばれる)で2020年に特別栄誉賞を受賞。『雨の中の慾情』は1981年、漫画・評論誌『夜行』初出の短編で、もともと発表するつもりもなくコマ割りとして書き留めていたものという異色中の異色作だが、今年、2024年のアングレームでPRIX DU PATRIMOINE(遺産賞)にノミネートされた。 もともとの漫画『雨の中の慾情』はわずか19ページの性的な妄想譚であり、今回の映画版でも原作ぶんは序盤で終わる(冒頭のバス停から田んぼでの絡みのシーンまで)。よって映画版『雨の中の慾情』は、『夏の思いで』(1972年)、『池袋百点会』(1984年)、『隣りの女』(1985年)を加えた計4編の原作で構成。さらに後半部には極めて大胆な脚色が施され、おそらく誰も予想できない世界領域へと拡張していく。脚本は片山慎三監督と、『ドライブ・マイ・カー』(2021年/監督:濱口竜介)で第74回カンヌ国際映画祭脚本賞を受賞した大江崇允の共同によるもの。片山監督と大江は『ガンニバル』でも組んでいるが、今回の後半の奇想に関しては片山監督のアイデアが大きく反映されているという。 主人公は売れない漫画家の青年・義男(成田凌)。「北町」という不思議な町にひとりで暮らしている彼は、福子(中村映里子)という美しい未亡人に出会い、一瞬で心を奪われる。まもなく福子は喫茶ランボウで働き始め、町の男たちのマドンナ的存在となるが、実は小説家志望の謎めいた男・伊守(森田剛)が彼女と付き合い始めていた。さらに伊守は富裕層の住む「南町」で流行っているPR誌を真似て、北町でも同様のタウン誌を発刊し、自分の小説や義男の漫画を掲載しようという企画を立案。怪しげな広告営業マン(足立智充)を仲間に引き入れ、スポンサー集めに奔走するのだが、ほどなく福子と伊守が義男の家に転がり込んできて、三人の奇妙な共同生活が始まる──。 実質、この映画のいちばんのベースになっている原作は『池袋百点会』だ。成田凌が演じる義男はつげ義春の自画像的な主人公だが、中村映里子扮するヒロインの福子も、森田剛演じる伊守も、もともとは『池袋百点会』に登場するキャラクター。ちなみにこの原作は石井輝男監督が4話オムニバス形式で撮った『ゲンセンカン主人』(1993年)の中で一度映画化されている。なお今作には先述の『無能の人』オマージュとばかりに、竹中直人も出演。『無能の人』も『雨の中の慾情』もセディックインターナショナルの製作作品である。 さて、日本・台湾合作であるこの映画『雨の中の慾情』は、全編の大部分が台湾の嘉義市で撮影されている。「北町」のレトロで無国籍的な風景も、「南町」の豪奢な洋館(アジア最大のバロックドームを誇る2022年建設の観光工場・ジョデンニス城)も、嘉義市でのロケーションをもとにしたものだ。また片山監督はロケハンの際に金門島を訪れ、結果的に同地では撮影していないが、インスパイアされたものが大きく映画に入り込んだらしい。金門島には軍事基地があり、地理的には台湾本島よりも中国大陸の福建省に近い。中台関係の緊張や摩擦の最前線でもある同地の空気や歴史を受けて、片山監督が独自の創作として『雨の中の慾情』の物語の中に盛り込んだのは「戦争」という要素だ。