日本・台湾合作で贈る異色のラブストーリーにして破格の幻想譚『雨の中の慾情』
<以下はネタバレになる記述を含みます。あらかじめご了承ください>
この映画の後半、成田凌演じる主人公・義男は、実は戦場で左腕を失い、さらに性的不能になった兵士であることが示されていく。そして性的な煩悶も含め、前半の「北町」をめぐる物語は彼が見ていた夢である──これが本作の全体像の構造だ。 義男が置かれている現状の判明と共に、劇中には激しい戦闘シーンが登場する。戦場は中国大陸であり、描かれる戦争は日中戦争だ(つまりロケーションは台湾だが、映画の中で台湾だとは一言も言ってない)。1931年に満州事変が起こり、日本は中国東北部の満州を支配下に置く。そして1937年から日中戦争がはじまり、第二次世界大戦にもつながっていく。本作ではテロップなどの明瞭な説明を一切省いているのだが、ディテールを丁寧に観ていけば、具体的な戦場の場所は中国河北省の魯家峪(ろかきょう)という村だと判る。ここは1941年から42年まで5回ほど日本軍からの攻撃を受けた場所で、日本軍の慰安所もあった。義男が同地に従軍していたのは、まさにこの時期の設定なのだろう。 後半のダイナミックな反転により、前半の見え方が根底から変わっていく構成の魅力。登場人物たちは夢と現実で、まるで各々一人二役のようなイメージで姿を見せるのだ。この大胆な作劇の仕掛けにおいて、片山慎三監督が参照作のひとつに挙げているのが、アメリカ映画『ジェイコブズ・ラダー』(1990年/監督:エイドリアン・ライン)。カルト的人気で名高い本作では1970年代を舞台に、ヴェトナム戦争に従軍した男をティム・ロビンスが演じている。またシームレスな長回し撮影で捉えていく凄まじい迫力の戦闘シーンは、第一次世界大戦のフランス・西部戦線を舞台にした全編ワンカット映画『1917 命をかけた伝令』(2019年/監督:サム・メンデス)の手法がヒントになったらしい。 逆算思考で設計された現実と夢想の因果関係は、リピートすればするほど緻密な細部のこだわりが発見できるので、その意味では二回目の鑑賞からが本番ともいえる。またこの映画の根幹的な世界観として提示されるのが、冒頭の禍々しく印象的なモンタージュ映像だ。猿の交尾や米の核実験、戦場らしき野外での脱糞、伊藤大輔監督の時代劇『長恨』(1926年)──言わばこういった「性と暴力の歴史」を、ただ人間という動物の宿命として見つめるのが片山慎三監督の流儀だといえよう。そして一個の肉体に閉じ込められた、ちっぽけかつ壮大な人間存在の想念から、孤独な青年のラブストーリーが哀切に浮かび上がってくるのである。 Text:Naoto Mori Edit:Sayaka Ito