私、「待機」やめました(2)保育園を作る
異業種から開業できたのは「流れが分かったから」
保育園の開業にあたっては、昭博さんのこれまでのキャリアが役にたった。昭博さんは、大手の簿記学校で講師経験のある経理のスペシャリスト。総務の経験も長く、実務の中で新規施設開設などの経験がふんだんにあった。「認可外保育施設設置届けを出して、資金調達して業者を選定して工事を始めて、備品を集めて人を集めて開園する。今までの仕事でも工場の建設などを担当していたので、やっていることは同じです。法律を守らないといけないので、法律を読みこんだり契約書を作ったりということも自分の得意分野でした。」予算感覚や資金調達・許認可等に必要な手続き、銀行や関係各所などとの折衝など、どんな計画やスケジュールを立てたらよいのか、どこに相談に行けばいいのか、予想がついたというのは大きかった。 その後、加奈子さんの社労士事務所が、雇用側・雇用者側双方にたった目線と、家庭と会社の両立の姿を提起する理念が評価を受け、顧客が増加し、業務が拡大。2016年春、保育園から徒歩1分にあるビルの中に社労士事務所だけ引っ越し、会社名も「フェアリーランド」から「ワークイノベーション」に変更した。子育て中の社労士・保育士集団として、社会に対し、働き方を変えていく企業になろう、というのが名前の由来だ。
「女性のための支援」ではない
そうして保育園の設立から5年。時代の変化がやってきた。「ワークライフバランス」も「女性の活躍」も社会に浸透し始め、ちゃんと取り組む、または、取り組みたいと努力する企業が増えてきた。菊地家には2014年に四女が誕生し、現在子どもは5人。5人の子どもを育てながら、人事労務の専門家として、法律面・制度面から仕事と家庭の両立支援をサポートするという加奈子さんには講演希望が殺到し、全国各地で引っ張りだこだ。 昭博さんは、こんな今だからこそ「男性目線」が大事だと思っている。時代の変化とともに男性の意識も変わるべきだが、多くの企業のいまの幹部陣は、妻に家庭を預けて仕事に邁進してきた自負がある。そんな父親の姿を否定されることに対する嫌悪感が強いことは否めない。 「保育園の送り迎えは母親の仕事だと思っていた」という昭博さんからの言葉だからこそ、耳を傾けてくれる人も多いという。「会社にどんな仕組みができても保育園がどんなに充実しても、社会制度がどんなによくなっても、男性が変わらないといけないですよ。男が変わらないと、仕事もして子育てもしてと女ばかりが負担が増えます。依頼先の会社に行って相談を受けると、だいたいが『女性のための制度だ』と思っている。そうじゃないんです。時代が変わったということを伝えていきたい。」 これから時代は変わる。働きかたも多様になる。人口が減りゆく中、限りある税金を投入して保育園を新設し続けることにも疑問を持っている。はたして、朝から子どもを預けて夕方迎えにいく保育園のシステムや、長時間働く人だけが預けられる基準が現状維持のままでいいのだろうか。菊地さんが今取り組んでいるのは、企業主導型保育事業。パートタイムや土日、夜間勤務など、働き方に応じた柔軟な保育サービスを提供する保育園を企業が設置するというもので、内閣府が提唱する新しい仕組みの後押しに力を入れていく。 時代の潮流の中で、家庭を、そして、働く環境を変化させてきた菊地さん一家。5人のパパであり経営者である昭博さんは、「働く」と「暮らす」を両立させる社会に向け、自らの経験と姿を持って発信し続けている。 (船本由佳)