蔦屋重三郎は「糸井重里」? 大河ドラマ『べらぼう』時代考証が語った「蔦重」のスゴさ
18世紀後半を生き抜いた稀代の出版人・蔦屋重三郎。大河ドラマ『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』では、その人生が活写されている。時代考証を担当する鈴木俊幸氏に、彼の偉業と生きた時代について聞いた。 【写真】大河ドラマ『べらぼう』の時代考証を務める鈴木俊幸氏 すずき・としゆき/1956年、北海道生まれ。中央大学教授。専門は近世文学、書籍文化史。著書に『江戸の読書熱─自学する読者と書籍流通』『絵草紙屋 江戸の浮世絵ショップ』『江戸の本づくし─黄表紙で読む江戸の出版事情』などがある
遊郭発の天才的な商売人
――今年の大河ドラマ『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』の主人公は蔦屋重三郎ですが、その人物像はあまり知られていません。 蔦重(蔦屋重三郎の愛称)は、18世紀後半の江戸で本屋商売を営んだ人物です。当時の本屋は本を売るだけでなく、自ら本を作る出版社としても活動していたのですが、彼が凄いのは遊郭の街・吉原で商売をはじめ、やがて日本橋に本屋を展開していったところにあります。 当時の日本橋には、いずれも伝統ある老舗の本屋ばかりが集結していましたので、いわば新参者が進出してくることは、それだけでも驚きだったんです。まず卓越した商人であったことを強調したいと思います。 同時に強みとして挙げたいのは、メディア戦略の巧みさですね。彼が最初に頭角を現したきっかけは、吉原遊郭にいる遊女たちの魅力を紹介した「吉原細見」というガイドブックの出版でした。 すなわち、社会の中にある文化や人の魅力を発信していくことにずば抜けた才能を持っていた。自らが儲けるだけでなく、山東京伝や喜多川歌麿、東洲斎写楽といった時代を代表するさまざまなクリエイターたちと協同し、江戸の文化を発展させていったんです。 ――彼の活躍には、当時の時代背景も大きく影響していると思われます。 当時、江戸という街は成熟を迎えていました。もともとは何もない土地だったのですが、政治の中心となったことで次第に発展していったんです。18世紀には江戸ならではのお芝居やお祭り、また料理など独自の文化が続々と生まれてきました。 また蔦重が台頭してきた当時は、ちょうど田沼意次が幕府の実権を握っており、彼の政策によって経済が活性化していた時期でした。日本中から情報や物資、また人物が集まり、それも文化の発展に奏功したんですね。 特に幕臣や、各地から来た武士が江戸で遊ぶようになったのが大きかった。当時の武士は教育水準が高く、文化にも通じた特権階級でしたから、彼らが江戸で遊ぶ中でその教養やセンスを町人たちも取り入れていき、それが多様な文化の成熟に結実しました。蔦重の成功には、そのような背景があったことも大きいでしょう。