かつて目の前で魚を捨てられた漁師、処理水放出後の応援ムードに目頭熱く… 専門家は中国の存在影響と指摘
「福島の魚を子供に食べさせないで」かつての風評…処理水放出後は?
原発事故の翌年から福島の海では水揚げした水産物を検査し、販売をする操業が行われてきた。このため、石橋さんが力を入れてきたのは福島の魚のPR活動だ。国内各地のイベントで直接、消費者に安全性や美味しさなどを伝えてきた。 「漁師だからこそ、その魚をどうやって捕ったとか、自分たちが食べてこうだった、こういう食べ方が美味しいなど、色んな薦め方ができる」。 消費者から心無い言葉を浴びせられることもあった。原発事故から数年後に首都圏で開かれた復興イベントでは、石橋さんが参加者の子供に試食を渡したところ、後ろにいた親からこう言われたという。 「子供に福島の魚を食べさせないで!」。 目の前で自分たちが水揚げした自慢の魚を捨てられることもあった。こうした苦しみを多くの福島の漁業関係者が経験している。 処理水の海洋放出後に消費者はどのような反応を示すのか、石橋さんは大きな不安を抱いていた。3か月後の11月には風評払拭を目指し、地元の港で「魚市場まつり」を開催することが決まっていた。石橋さんは漁の合間の時間を見つけては寝る間を惜しんで準備作業にあたった。そこには必ず親と一緒に子供たちもやってくると思ったからだ。 「私たちが親の漁師姿に憧れたのと同じように、福島の海ではいっぱい美味しい魚が獲れることを次世代の子たちにも感じてもらいたい」。 「今、自分がやらなければいけない」と眠そうな目が笑っていた。
放出後の“応援ムード”…中国が関係か
イベント当日、大漁旗に彩られた会場には想定を大きく上回る約5000人が来場した。多くの家族連れなどが地元の魚を応援しようと訪れ、常磐ものの浜焼きを味わったり、高級魚の「のどぐろ」が入った魚のつかみ取りを楽しんだりしていた。風評の「ふ」の字も感じさせないほどの盛り上がりを見せていた。来場した人たちに満面の笑顔で声をかけて回っていた石橋さんは、胸を熱くしていた。 「処理水に関する風評はやっぱりすごく不安だったけど、不安よりも食べて応援してくれる人が多かったのを実感できて、すごく助かった」。 処理水の海洋放出は去年8月以降、8回行われてきたが、福島の魚を買い控えるなどといった風評は起きていない。この理由について、処理水の処分方法を検討する政府小委員会の委員を務めた福島大学食農学類の小山良太教授は「中国の存在が関係している」と分析している。 「処理水と水産物という安全の問題ではなくて、海外との軋轢の問題に注目が集まった。福島を応援しようという雰囲気が醸成されたのでは」。 小山教授は処理水の放出後に、根拠のない抗議や迷惑行為を繰り返してきた中国に反発して、国内での応援が広がった可能性があるという。 行き過ぎた抗議は一時落ち着きを見せたが、今年5月、都内にある靖国神社の石柱に中国人の男性がスプレーで「落書き」するなどの動画がSNSに投稿された。すでに帰国した男性は「処理水への抗議でやった」と話している。そして7月には福島県内への「86」発信の迷惑電話が一部の飲食店でふたたび確認された。ただ、小山教授は、処理水の問題を科学的な議論に呼び戻すことが風評への根本的な対策になるという。 「ある種のうさ晴らし的な状況だったから、ブームが去れば下火になるわけだけど、今年の8月にちょうど1年が経ったタイミングで、もう1回向こうでムーブメントになる。ただ、国同士の軋轢の問題ではなく、きちんと科学的な根拠を訴え続けていくことが重要」。