『お引越し』過去を抱きしめて未来へと疾走する、11歳の女の子の冒険
リフレインされる「おめでとうございます」
冒頭から映し出されるのは、ある家族の食卓風景。魚の白身をほぐすのがえらく下手クソな父親のケンイチ(中井貴一)に、一人娘のレンコは「全然上手に食べられへんなあ。ほんまに一人で食べていけんの?」「野菜もしっかり食べていかなあかんよ」と小言を言い、母親のナズナ(桜田淳子)から「今日ちょっとうるさいなあ」と言われても、「食卓で会話の弾む、明るい家庭!」と気にも留めない。 どこにでもありそうな家族の、どこにでもありそうな風景。だが、夫婦間に漂っている気まずい空気から、次第に我々はこの一家が崩壊に向かっていることに気づいてしまう。彼らが囲んでいる三角テーブルは、ぶきっちょで不均衡な家族の三角関係を暗喩しているかのようだ。 離婚を前提とした父と母の別居生活が始まり、大人の都合に振り回されることに我慢がならないレンコは、状況改善を訴えるためケンイチの部屋に立て篭もることを決意。さっそく籠城の支度をしていると、ナズナが早く帰宅してしまい、家のなかでの追いかけっこが始まる(一連のシークエンスはワンシーン・ワンカットで撮られているが、これまでの作為的な演出とは異なり、ナチュラルなトーンで仕上げられている)。 当初の計画が狂い、風呂場に逃げ込むことになってしまったレンコ。周りの大人が右往左往するなか、ナズナは右ストレートパンチでガラスを叩き破り、彼女を無理やり退去させる。身体を傷つけることで、血を流すことで、母は娘を取り戻すのだ。そして、この「女性が出血する」というモチーフは、レンコにも引き継がれる。 少しでも父と母の仲が良くなるようにと、レンコが仕組んだ琵琶湖旅行。花火大会のさなか、突然レンコはお腹を抱えてうずくまる。いつまでも続くと思われていた少女時代は、初潮を迎えることで突然区切りがつけられる。やがて物語は、ホームドラマのモードから一気にシフトチェンジして、まるで怪奇映画のような、幽玄的な装いをまとっていく。森の中を彷徨い、人間の世界ならざる場所へ招き入れられる。 湖の上で炎に包まれる山車。“向こう側”へと去っていく父と母。過去のレンコが「どこに行くの?一人にしんといて」と叫び続ける。やがて現在のレンコが過去のレンコを抱きしめ、「おめでとうございます」と祝福する。母と同じく出血し、生と死の狭間で通過儀礼を果たすことで、彼女は大人へと成長し、家族のかたちを再定義していく。 エンドクレジットで、着物を着た婦人から「どこ行くの?」と聞かれると、彼女は「未来へ」と答える。『お引越し』は、過去を抱きしめて未来へと疾走する、11歳の女の子の冒険の記録。瑞々しさと不穏さを併せ持つ、90年代を代表する一本だ。 最後にもうひとつ。筆者は『お引越し』を久々に見直して、レンコのキャラクター造形に『こちらあみ子』(22)の主人公・あみ子(大沢一菜)との相似をビンビンに感じていたのだが、前述した先行上映イベントで、森井勇佑監督が「『こちらあみ子』は『お引越し』から影響を受けている」と公言。やっぱり!と思わず膝を叩いてしまった。 ちなみにレンコが森を彷徨うシークエンスは、『ルート29』(24)でトンボ(綾瀬はるか)が森に佇む場面に影響を与えている!と勝手に想像しているのだが、そのあたりどうなんでしょう。いつか教えてください、森井監督。 (*1)(*2)(*4)「シネアスト 相米慎二」キネマ旬報社 (*3)「相米慎二 最低な日々」ライスプレス 文:竹島ルイ 映画・音楽・TVを主戦場とする、ポップカルチャー系ライター。WEBマガジン「POP MASTER」(http://popmaster.jp/)主宰。 『お引越し 4Kリマスター版』 Bunkamuraル・シネマ 渋谷宮下、新宿武蔵野館ほか全国順次公開中 配給:ビターズ・エンド ⓒ1993/2023讀賣テレビ放送株式会社
竹島ルイ