【越境攻撃を「挑発」と形容】自国領土占領の“失態”にプーチンの不自然な言葉選び、国民より占領拡大を優先する冷徹戦略も
メディアを通じ情報をコントロール
専門家は、主要メディアや政府もあえて強い反応を避けることで、国内の動揺を抑える戦略をとったと指摘している。 「クルスク州をめぐる状況について話し合いたい。キーウの政権が再び、大規模な〝挑発行為〟を行っている。ミサイルを含むあらゆる武器を使い、無差別に民間の施設や住宅、救急車を攻撃している」 ウクライナ軍の越境攻撃が明らかになった直後の8月7日、プーチン大統領は政府の閣僚らを前に、このような言葉で会議を開始した。第二次大戦以降、一度もなかった外国軍による領土占領という事態を、プーチン氏は〝挑発〟という言葉で形容した。 ロシア研究で知られるカーネギー・ロシア・ユーラシアセンターのアレクセイ・グセエフ氏は、この〝挑発行為〟などの特殊なフレーズは、事態をより軽微に見せたいロシア政府の意向が強く表れていると指摘する。「戦争」という言葉の代わりに「目下の状況」と表現したり、大規模な軍事的攻撃を「テロ行為」と表現するなど、日本人が聞くと首をひねるような言葉をプーチン政権は繰り返し使っている。さらに、それらの言葉をロシア国内の主要メディアが踏襲することで、統制色の強い、特異な情報空間が国内を包んでいる。 そのうえでさらに、プーチン氏の発言にあるように、越境攻撃を逆手にウクライナを徹底的に〝悪〟と形容し、国民のウクライナへの憎悪を掻き立てている。ウクライナ軍の越境攻撃開始当初は、ロシア国内の報道の規模は事態の大きさを考えれば限定的なものだったが、現在は国営メディアのウェブサイトはウクライナを死神のように形容したイラストを掲げるなど、自国民の被害を徹底的に報じている。ロシア軍の侵攻開始以降、ウクライナでは民間人が1万人超殺されているが、そのような事実は当然無視されている。 ウクライナの越境攻撃は、自国民の保護を最優先に掲げる必要がない独裁体制の政権下においてはむしろ都合の良い言論を流布しやすい環境を与えているのが実情だ。