2021年1月6日「アメリカ人の敵」がアメリカ人になった日。
2021年1月6日、大統領選に不正があったと主張するドナルド・トランプの支持者たちによって、連邦議会議事堂が占拠された。イラクとイスラエルで過酷な体験をした米陸軍の元大佐ブレント・カミングズは、戦地で人の命が、尊厳が踏みにじられてきたのを目の当たりにしてきた。帰国後、戦争は終わったと思っていたブレントだったが、イラクの地ではなく、ここアメリカでも戦争があり、敵はもはやイラク人ではないことに気づいてしまう。※本稿は、デイヴィッド・フィンケル著、古屋美登里訳『アメリカの悪夢』(亜紀書房)の一部を抜粋・編集したものです。 【この記事の画像を見る】 ● 群衆が議事堂に向かう時 トランプは笑っていなかった 「トランプのための戦いだ」と人々はシュプレヒコールで叫んでいた。 「われわれはトランプの味方だ」と彼らは一斉に叫んでいた。 「われわれはあなたを愛している」 「それなら」とトランプは、ナイフやバット、毒ガススプレー、メリケンサック、スタンガン、結束バンド、絞首台の材料、長い棒、ポールに付けたトランプの旗――これはすぐに国会議事堂から彼らを排除しようとする警官たちに粉々にされることになる――を手にして集まってきた群衆に向かって言った。 「ペンシルヴェニア大通りを歩いて行こう」(ペンシルヴェニア大通りは議事堂とホワイトハウスを結んでいる) 群衆は動き出した。トランプがその瞬間を目にしたときになにを考えていたか、それを知るのは、トランプではない者には不可能だった。 嬉しそうではなかった。群衆が彼を愛していると告げるときにときどき浮かべるような笑みを浮かべてはいなかった。そして彼は間違いなく笑っていなかった。なぜなら彼は公の場では決して笑わないからだ。ただ1度だけ、選挙集会で移民と越境のことを話しているときに笑ったことがある。
「この人々をどうやって止める?」と彼は言った「できやしない」 「奴らを撃て!」とだれかが叫んだ。 そこで彼は笑ったのだ。そしてブレントは、それが自分の知っている笑いだと気づいた。その笑いを何年も夢に見続けていた。 ● 浄化槽から死体を取り出す そのやり方は作戦ノートにはない 2007年、派兵されて間もないころにブレントはまだ、今回の使命を果たす意味を信じていた。たとえ町の外れにある工場の浄化槽に浮かんでいる死体を見たときですら、そう信じていた。 「頭が切断され、足の指も手の指も全部切断されている」とブレントのそばにいた兵士が言った。120人の隊の指揮官だった。そして120人全員をその建物のなかに収容するつもりでいた。 「とにかく、なんとかしなければならないな」とブレントは口を開いたが、そのまま声が途切れた。「まったく」。どうすればよいかわからなかった。しかしそれが任務の一環であるからには、なんとかしなければならなかった。