2021年1月6日「アメリカ人の敵」がアメリカ人になった日。
兵士たちは遠く離れた基地ではなく町中で暮らすことになった。そのほうが住民たちは安心して暮らせるはずだ。住民たちが安心感を抱けば、反乱分子たちと敵対するようになるだろう。反乱分子たちがいなくなれば、この戦争は終わる。住民が勝ち、戦争に勝つ。それは理想だが、ブレントはその理想を信じていたし、だからこそ浄化槽からあの死体を取り出さなければならなかった。 「だれかが、人間を侮辱するのにこれ以上はないというやり方でこの男を侮辱したわけだ」とブレントは言った。「そして『これが浄化槽から死体を取り除く方法だ』と書いてある作戦ノートなんてものはないってわけだ」 ● 作戦終了と思い始めた頃 巨大な権力が力を解き放った それは戦争が強いる不条理な会話だったが、アメリカ軍がなにをしようとしているか反乱軍は見抜いていたので、結局はどうでもいい会話になった。兵士たちが引っ越してこないうちに、ある晩その工場の建物に爆弾がしかけられ、それで建物は吹っ飛んだ。 しかし爆破されるまでずっとブレントは、浄化槽の死体をなんとかしようとしていた。非常識だと思ったからではなく、倫理の問題として受け止めていたからだ。
「つまり、あの男にだって親がいたんだ。もしかしたら妻もな。だから尊厳の問題なんだ。あの男をあのままにしておいたら俺たちの品性が疑われる」と言って、ブレントはなんとかその死体を引き上げようとした。「俺の体もちゃんと埋葬してもらいたいもんな。どんな人間であろうとそうすべきだ」 イラクに着いて間もなくのころの彼にとって戦争とはそういうものだった。正しいことをするチャンスがあった。 「そうしなければ、俺たちは人間じゃなくなっちまう」と彼は言った。彼の人生でもっとも素晴らしい瞬間のひとつだった。 しかし、イラクの最後の日々は。 1年後、爆弾がいたるところで炸裂し、どの隊列も標的になり、道路脇には火の付いたタイヤが並び、空は煙に覆われていた。 「くそったれ、くそったれ」とブレントは言い続けていた。 住民に勝利を。戦争に勝利を。 制御できなくなっていたので、最後の数週間になってなにもかもが静まり返ったことに驚いていた。兵士たちはこれで作戦終了だと思い始めていた。それで帰国する準備を始めていた。 あと2週間で帰国できるというときになって、イラクの聖職者で権力者のひとりムクタダー・アッ=サドルがアメリカ軍への一斉攻撃を命じた。そして初めてブレントは、民衆を従えさせる巨大な権力を持つ人物が解き放ったものを目の当たりにした。