ついに刑事告発された、斎藤知事のPR会社は「クロ」なのか?
<公職選挙法違反の疑いで兵庫県の斎藤元彦知事とPR会社社長に対する告発状が神戸地検と兵庫県警に提出された。PR会社社長と社員の選挙活動の実態解明が焦点になるが、政治資金規正法では「会社」による「選挙を含む政治活動」への「労務の無償提供」は違法だ>
斎藤元彦氏が劇的再選を果たした11月17日の兵庫県知事選挙から3日後。西宮市の広報PR会社の社長がコンテンツ配信サイトnoteに投稿した記事が波紋を広げている。斎藤陣営で「広報全般を任せていただいた」として、公約スライドの作成、ポスター・チラシ・選挙公報のデザインからX(旧ツイッター)やYouTubeといったSNS公式アカウントの立ち上げ・運用に至るまで、多様な「仕事」を行っていた実態を公開したのだ。直後から「この『仕事』は公職選挙法に違反しているのではないか」という声が上がり始めた。【北島 純(社会構想⼤学院⼤学教授)】 混乱続く兵庫県知事選、結局SNSが「真実」を映したのか? 日本の公職選挙法は、公正な選挙実現と腐敗防止の観点から「選挙運動は無償が原則」という建前を採用し、金銭の授受を伴う選挙運動には厳しい制限が課せられている。 まず候補者以外で選挙運動に携わる人間は「選挙運動に従事する者」と「選挙運動のために使用する労務者」に分けられる。交通費や宿泊費は両者とも受け取ることができるが(実費弁償)、労働の対価として報酬をもらえるのは労務者だけ。選挙運動従事者(選挙運動員)に報酬を支払うと、支給した候補者に買収罪、もらった者に被買収罪が成立する。 では選挙運動員と労務者はどう分けられるのか。最高裁は1978年に富山市議会議員選挙の運動員買収事件をめぐって、有権者に対し「直接に投票を勧誘する行為または自らの判断に基づいて積極的に投票を得るために直接、間接に必要、有利なことをする行為」を行うのが選挙運動に従事する者であり、それ以外の労務に従事するのが労務者であると判断している。 つまりハガキの宛名書きやポスター貼りのような単純作業をするから労務者とされるのではなく、機械的な労働であっても「自らの判断に基づいて積極的に」候補者を当選させようという目的があれば選挙運動員、目的がなければ労務者とされる。 今回の事件で明らかになっている金銭の授受は現時点で、ポスター、チラシ、スライドなどの制作費用計71万5000円だけ。斎藤知事の弁護士は、選挙告示前の「立候補準備行為」の対価であり違法性はなく、またこれ以外に一切払っていないと主張している。しかし、不自然な点は残る。 ■明らかに選挙運動従事者 例えばポスター制作費用は公費負担になるので、ポスター制作を受注した会社は依頼主(候補者)ではなく選管に費用を払ってもらえる。そのため契約書や確認申請書を事前に作成し、選管に提出する必要があることは選挙の常識だ。しかし今回、契約書は作成されていない。 社長が管理・監督していたというSNSアカウントでは期日前投票が呼びかけられ、「選挙カーの上から臨場感を届けるためのライブ配信」も行われていた。SNSの運用をはじめとする広報業務は、告示日前から選挙期間中を通じて一体化していたとみるほうが自然だ。その活動は「なんとか斎藤候補を当選させようとする」主体性と積極性に満ちており、「選挙運動に従事する者」に該当することは明らかではないだろうか。 そこで主張されたのが、デザイン制作業務以外は全て無償、ボランティアだったという理屈だ。労務の無償提供は、金銭や物品の提供ではないが、公選法上の「財産上の利益」の供与に該当するので「寄附」になる。選挙では「陣中見舞い」と称して支援者が選挙事務所に金や物を持ってくることが多いが、選挙運動費用収支報告書に適切に記載される限り違法ではない。 また候補者の友人や熱心な支援者が手弁当で「選対」を担うことも多く、これらは候補者個人に対する「労務の無償提供」に当たるが違法ではない。公職候補者個人の政治活動に関する寄附の禁止を定めた政治資金規正法21条の2が、「選挙運動を除く」と規定しているからだ。 これに対して会社による「労務の無償提供」は、政治資金規正法21条1項が「会社は、政党及び政治資金団体以外の者に対しては、政治活動に関する寄附をしてはならない」と規定し、同法4条は政治活動に関する寄附は「選挙運動を含む」としているので、違法になる。つまり労務の無償提供が「個人」としてか「会社」としてかが重要だ。 なお、県との間で請負など特別の利益を受ける契約の当事者による寄附は、特定寄附として禁止されているが、PR会社が選挙期間中に兵庫県との間で「特別の利益を伴う契約」を結んでいなければ問題はない。 従って焦点は、PR会社の社長や社員が日中(就業時間内)に果たしてあれだけの広報活動を「個人」ボランティアとして行っていたのか、それとも「会社」として行っていたのか、事後的な報酬や案件の発注といった口約束がなかったのかという実態の究明に帰着する。 ■実態に合わない公選法 今回の事件でクローズアップされたのは、これまで黒子の存在だった選挙コンサルタントの報酬という問題だ。 アメリカでは、大統領選でドナルド・トランプ陣営がストラテジック・メディアサービス社に約1391万ドル(約21億円)を支払った(NPOオープンシークレットによる)ように、選挙コンサルが一大産業を形成し、選挙運動で主導的役割を果たしている。 そうした選挙コンサルが日本で大きく育たないのは公選法の「選挙運動無償原則」の存在が大きい。主体的・積極的に選挙運動に携わる人全てが手弁当という建前はいかにも苦しい。1962年には議員立法で公選法が改正され、本来であれば報酬を受け取れない選挙運動員のうち、「選挙運動のために使用する事務員」が例外として認められ、その後、車上運動員(いわゆるウグイス嬢)、手話通訳者、要約筆記者に拡大された。 こうした例外規定をさらに拡大させるか、あるいは選挙コンサルの登録制を導入して会計・業務報告を義務付けるといった「業務の適正性と透明性」を同時に確保するような法改正が必要ではないか。あまりに複雑化した公選法が選挙の現場で理解されていないのは不幸だ。 (筆者は元国会議員政策秘書)
北島 純(社会構想⼤学院⼤学教授)