移籍した中村俊輔はジュビロ磐田の何を変えようとしているのか?
ボールをセットしながら、ジュビロ磐田のMF中村俊輔は背後にいたMF太田吉彰にそっと呟いた。 「先にボールをまたいでみて」 開始わずか5分で獲得した直接FK。ゴール正面からやや左側。距離は約17mのチャンスだったが、問題があった。キックオフ早々とあって、大宮アルディージャのGK加藤順大の状態がわからない。 「ボールをまたいだときにキーパーは少し動くよね。その反応がすごく速かった。だから、こっちかなと」 こっちとは俊輔から見て右側のファーサイド。敵地NACK5スタジアムに乗り込んだ11日のJ1第3節。開幕から無得点が続いていた磐田に歓喜の雄叫びをもたらしたのは、横浜F・マリノスから加入した「10番」の黄金の左足だった。 大宮が作る壁は6枚。その一番右側にいたMF大山啓輔の左側に味方2人を割り込ませて、ファーサイドへのコースを開けた。ここから俊輔と加藤が駆け引きを展開する。 またいだ太田がダミーとなり、まず加藤の状態のよさを確認した。加藤としては、コースが丸見えとなっているファーサイドには蹴って来ないとヤマを張る。対峙する俊輔は、ニアに蹴るときには壁の上を超えさせてから落とす軌道となるため、スピードが落ちると考える。 その場合は、反応の早い加藤に止められるかも――。だからこそ、左足のインフロントに引っかける形で強く振り抜き、渾身のスピードをボールに与えた。壁の右端をぎりぎりで越える高さの弾道に意表を突かれたのか、大山もヘディングで阻止できない。 そして、俊輔が蹴った瞬間、ニアに来ると読んだ加藤はわずかに一歩、逆方向に動いていた。体勢を立て直して反対側へダイブするも、ボールは両手の先をかすめてサイドネットに突き刺さった。 「あまり高い軌道だと、キーパーから見えちゃうからね。ただ、コースが甘かった」 まだまだ修行が足りない、と自省する俊輔の周りに、磐田の選手たちが笑顔で集まってくる。あれで呪縛から解放されたと、結果的に決勝点となる移籍後初ゴールを後半2分に決めたFW川又堅碁(前名古屋グランパス)が感謝する。 「みんなの気が引き締まった。チーム全体が自信をもってプレーしていると、試合中に何度も感じました」 俊輔が連日グラウンドに居残り、FKなどを黙々と蹴り続ける姿を見てきた。練習は嘘をつかないと、誰もが勇気づけられた。サッカーだけに集中できる環境を求めて、新天地へ飛び込んだ38歳のチーム最年長は、いつしか磐田の精神的支柱になっていた。