『虎に翼』ファンの宇垣美里×明治大学村上一博対談「ドラマの核となる憲法14条とは? 今改めて深く知りたい憲法のこと」
憲法は権力者を“縛るもの”
村上 憲法のひとつひとつの条文はそうやって作られたもの。それも日本だけでなくて、世界のいろんな歴史の中で同じように作られてきました。だから、憲法というのは恐ろしいものなんですよ。これまで虐げられて権利のなかった人の戦いの上で憲法というのはできているんです。そして憲法は、全人類が、権力者にこれを守るようにと押し付けるものでもある。憲法に縛られるのは、どこの国の権力者も嫌なものですから。 宇垣 みんなが涙や血を流しながら獲得してきたものなのに、私はそれに対して何かできているのだろうかと思ってしまうところがあって、できることは少ないけれど、その上に立っている自覚を持たなくてはと考えています。 村上 宇垣さんは、憲法を「血で書いたワイブスの書」に例えられましたが、ドラマの中でも、いろんなことに例えられていますよね。法律は「盾」のようなものであるとか、「武器」のようなものであるとか。また、社会福祉法のように「守る」ものでもあるし、憲法のようにお水の「源流」のようなものもあるし、それぞれの法律には性質があるんです。 ――宇垣さんは、法律の部分でほかにも印象に残った場面はありますか? 宇垣 やっぱり今に繋がっていることだなと思ったのは、梅子さん(既婚女性で寅子の同級生)のシーンです。三男を連れて家を出るも、連れ戻されて離婚せぬまま倒れた夫の介護をしていた梅子さんですが、夫の死後に愛人が現れて相続争いが起こり、長男がすべてを相続すると主張します。その上、夫の母親は三男に多く相続させ、梅子さんに老後の世話をさせようともしていますが、三男は父親の愛人とつきあっていたことが発覚。 こうやって思い返すと梅子さんという人物は、「家制度」に縛られて生きてきた人なんですよね。でも梅子さんは「全部失敗した」と「白旗」をあげ、相続も嫁という立場も、母と言う立場も捨てて家を出て行きます。そのとき梅子さんが民法第730条「直系血族及び同居の親族は、互いに扶け合わなければならない」という条文を読みあげ、最後に「ごきげんよう」と言って去っていくのは、すがすがしかったです。家族がよそ者のように扱っておきながら「嫁(梅子)」にすべてのケア労働を丸投げしていたことを、血族たる「息子たちに押し付けて」やり返したと解釈もできます。 梅子さんだけでなく、今も家族が「互いに助け合わなければならない」ということで縛られて苦しんでいる人はたくさんいるじゃないですか。例えばヤングケアラーであったり、老々介護であったり。そのことを梅子さんを見ていると思い起こしました。 その後梅子は、轟法律事務所に居候して、轟とよねさん(寅子と梅子の同級生たち)と生きていくのですが、それって「血」によらない家族を作ったわけで、現代的な解釈ですよね。猪爪家にしても、実は花江(寅子の親友で兄嫁)は猪爪姓だけれど、寅子は佐田という姓で、それぞれ一緒に住んでいても苗字が違うし、花江と寅子は血がつながっているわけでもありません。 一方で梅子の家族は大庭という姓と血でつながってはいましたが、決して幸せだとは思えない。苗字が違っていても、血がつながっていなくても、猪爪家や梅子が轟やよねさんと作った家族のほうが断然いいなと思いました。 ――『虎に翼』も中盤にさしかかりましたが、これからどんなところを注目していきたいですか? 宇垣 今まさに展開している部分なのですが、女性が社会進出する過程を寅子が体現していて、でも、そこにいろんなものが追いついていない部分がたくさんあると思います。彼女が男性モデルの働き方をしてしまうことによって直面することって、現代に働いている自分たちにも関係のある問題なので、そこがどうなっていくのかが楽しみなところでもあります。 それから、今後、弁護士試験、司法試験が始まってくると、寅ちゃん以外の女性弁護士や裁判官が生まれるはずですから、次世代がどんな風に描かれるのかも楽しみです。 村上 次の世代、後輩との間にギャップも生まれるわけです。最先端で苦労をして今の地位を獲得した寅ちゃんと、すでに線路がひかれていてそこに入ってきた人とではまた違ってきます。 宇垣 本当に今につながる話ですね。 ――最後に、宇垣さんは『虎に翼』を見て、憲法をどのように捉えましたか? 宇垣 憲法は、ただ与えられたものではなく、先人が切り開いて、傷だらけになって獲得してきたもので、そう捉えると、大事にしないといけないものだと私は捉えています。 村上 それをわかってくださったら本望です。憲法というのは、本来そういうものなので。いろんな捉え方をしてもらって考えることが一番大事で、今まで意識しなかったことを、意識してもらえることがありがたいです。法律を学ぶ学生たちにとっても、覚えるためにあった法律が、考えることに変わることはものすごく大きい。私達も、『虎に翼』のような授業ができたら、もっと多くの人に法律に興味を持ってもらえるのかもしれないですね。 連続テレビ小説『虎に翼』 【放送】毎週月~土曜 前8時00分(総合) ※土曜は一週間を振り返るダイジェスト版。 毎週月~金曜 前 7時30分(BS・BSプレミアム4K)ほか 【 作 】吉田恵里香 【出演】伊藤沙莉 ほか 宇垣美里さん うがき みさと●フリーアナウンサー・俳優。TBSラジオ『アフター6ジャンクション2』月曜パートナーとして出演中。産経新聞/産経デジタルiza!/週刊プレイボーイ/週刊文春/女子SPA!/スカパー!などにコラムを連載中。著書に『今日もマンガを読んでいる』(文藝春秋)フォトエッセイ『風をたべる』(集英社)などがある。 村上一博さん むらかみ かずひろ●明治大学法学部教授、大学史資料センター所長。『虎に翼』の法律考証を担当。主な著書・論文に『明治離婚裁判史論』(法律文化社・1994年)、『日本近代婚姻法史論』(法律文化社・2003年)、『史料で読む日本法史』(法律文化社・2010年)などがある。 photography: Kaho Yanagi styling:Miku Ogawa hair&make-up: Tomoko Yamashita interview & text: Michiyo Nishimori