タンタンとひまわりと約束…「奇跡のパンダ」タンタンの驚きのパン生を辿る
ハズバンダリートレーニングが通用しない!?
病気とともに、タンタンの体内ではもう一つ、深刻な事態が起きていた。心臓の機能が低下したことで血管から大量の体液が漏れでてしまい、腹水として体内に溜まりはじめていたのだ。そのまま放っておけば呼吸がきつくなり消化機能も低下する。抜かなければならないが、その方法が問題となった。 中国の専門家によると、パンダが大きな手術をする際には通常、全身に麻酔をかけて行う。だが、心臓に疾患を抱えたタンタンに全身麻酔はショックが大きく、命の危険も伴う。梅元たち二人の飼育員と獣医師は協議の末、長年訓練を積んだハズバンダリートレーニングを駆使して、腹水を抜くことに決めた。しかし、腹水を抜く施術には少なくとも20分はかかる。これまで経験したこともない長時間、タンタンの動きを止めておかなくてはならない。梅元たちは、世界のどの動物園でも前例のないパンダの治療法に挑まなくてはならなくなった。 「タンタン、起きて」 梅元が声をかけるとタンタンは両方の手(前あし)を上げて天井部分の柵をつかん だ。 梅元がリンゴを与えてその状態を維持させると獣医師はエコーを使ってどこに体液が溜まっているかを探る。ところがしばらくすると、それまで正面を向いて動きを止めていたタンタンが、突然ガクンと首を折り曲げ、鼻先が獣医師の腕をかすめた。この動作は10年以上も訓練しており、失敗することはほとんどなかった。にもかかわらずこのようなことが起きた理由は、あまりにも長い施術時間にあった。 状況は改善することなく、半年余りが経った頃にはタンタンの体重は20キロ近くも増えていた。主食の竹など食事は満足にとれていなかったので、増加分は腹水なのだろう。あまりの重さから、タンタンはほとんど動くことができず、1日中、横になって過ごすようになった。このままでは年も越せないのでは?全員の脳裏に、最悪の事態が浮かんだ。
中国の専門家もびっくり 驚異の治療法がタンタンを救った!?
ところが、年が明けて2022年になると、奇跡が起きた。 タンタンが体液を抜く施術を嫌がらなくなり、回復の兆しが見え始めたのだ。きっかけは棚の奥から出てきた古びた缶。それは、タンタンが赤ちゃんを産んだ時に用意していたパンダの赤ちゃん用の粉ミルクだった。 粉ミルクに栄養剤に混ぜた特製ドリンクを、タンタンはえらく気に入ったのだ。生後4日目に亡くなってしまったため、赤ちゃんには使われることのなかった粉ミルクが、母親のタンタンを救うこととなった! 赤ちゃんパンダが亡くなった時には悔しい思いをした梅元たちだが、13年以上もの時を経て報われた瞬間だった。 粉ミルクを使った施術の様子を記録した映像が、王子動物園には残されている。 まずは特製ドリンクを手にする梅元が、タンタンの動きを止める。特製ドリンクが欲しいからかピクリとも動かない。その間に、獣医師はエコーを使ってどこに腹水がたまっているかを確認すると、針をお腹に差し込んで腹水を抜きはじめた。針とつながるチューブの中を少し茶色がかった体液が通り、注射器を満たしていく。 施術時間は20分以上にも及んだが、タンタンは特製ドリンクを飲みながら静かに耐えた。飼育員と獣医師が持てる力をすべて出し切り、タンタンも懸命にこらえたことで、本場中国の専門家も驚いた奇跡を起こしたのだ。