「映像研には手を出すな！」のポスターと作者の大童澄瞳さん=2023年6月6日、市野塊撮影

　アニメ制作に夢中な女子高校生が主人公の漫画「映像研には手を出すな！」で、欠かせない登場人物の一人が生徒会書記「さかき・ソワンデ」だ。 【写真】人種やルーツを強調せずに描かれる「さかき・ソワンデ」 　名前や容姿からアフリカ系とみられるが、それ以外に、国籍や人種の違いを意識させる描写はない。 　主要人物をなぜアフリカ系にしたのか。「映像研」作者の大童澄瞳（おおわらすみと）さん（31）が、理由としてまっさきに挙げたのが「リアリズム」だ。 　現実の日本社会で、外国にルーツがある子どもや若者はもはや珍しい存在ではない。国立社会保障・人口問題研究所の是川夕・国際関係部長の推計によると、日本の人口のうち、日本国籍取得や国際結婚など「移民的背景」のある人と外国籍の人を合わせると、すでに20代前半で1割を占め、2040年には30代前半で17%を超える見込みだ。 　だが、日本の漫画やテレビドラマで、そうした人種や民族の多様性が描かれることはまだ一般的とは言えない。 　「映像研」は16年に「月刊!スピリッツ」（小学館）で連載が始まり、NHKで放送されたアニメ版は、米ニューヨーク・タイムズが「2020年のテレビ番組ベスト10」に選ぶなど、世界的に評価されている。 　大童さんは神奈川県内で育ち、自身が通った小中学校にも、海外にルーツがある児童生徒は少なくなかったという。「日本には海外にルーツがある人がいて、その割合は年々増えている。なので、そういう人をごく普通に登場させたいと」 　さらに、大童さんは言う。「この人は外国にルーツがありますよ、という描き方や、そのことを『仕掛け』にするのではなく、ただその人がそこにいるということにしたかった」 　日本のメディアでアフリカ系の人物は、屈強なマッチョやヒップホップ系といったステレオタイプで描かれるか、特異な言動で日本人を驚かせるといった役割を担わされがちだ。ソワンデはそのいずれでもなく、ルーツをにおわす描写さえもない。 　映画版でソワンデ役を演じたグレイス・エマさん（18）は「漫画で普通の黒人女性のキャラクターを見るのは初めてだった」と喜んだ。エマさんは生まれも育ちも千葉県で、地元の小中学校に通った。 　「普通に働き、普通に生活している人」。大童さんがそんな視点でマイノリティーを描いているのは、個人的な経験も関係しているようだ。 　大童さんは自身を含む家族全員に、何らかの障害があることを公言している。「海外にルーツがある人が日本で受けているであろう心理的な抑圧について考えることもあります」 　障害やマイノリティーのことを特に意識して漫画を描いているつもりはないと言う一方で、自問しつつ、こうも話した。 　「バリアフリーのことを考えずに漫画を描くことはしたくないし、優しい世界にしたいというのはあります」「そういう存在をやっぱり透明人間にしたくないというのはあったかもしれないですね。肌の色が違う人に対しても、どこか自分ごとだったのかな」 　欧米の作品では人種への配慮は不可欠になっているが、ポリティカル・コレクトネス（政治的正しさ）が行き過ぎだという反発もある。 　大童さんは、X（旧ツイッター）でこんな投稿をしている。 　「表現に政治的な正しさを求める我々が最終的にどこをめざしているかというと、政治的な配慮などがなくても人々が自然体で互いを尊重し合う安定した状態であり、それはまさに私の世代からが自然体で進歩・進展させうることだと考える」（浅倉拓也）