森且行「オートレーサーを目指した理由。SMAPの5人と出会えたから今の僕がある」
アイドルからオートレーサーに転身した森且行さんを描いたドキュメンタリー映画『オートレーサー森且行 約束のオーバル 劇場版』が11月29日に全国公開されます。1996年に転身して24年、オートレースの最高ランクSG(スーパーグレード)で優勝を果たし、念願だった「日本一」の称号を手にした森さん。しかしその喜びも束の間、レース中の落車により、選手復帰が困難なほどの大ケガを負うことに。なぜこの道を選んだのか、そして奇跡の生還までの道のりを語ります(構成◎上田恵子 撮影◎本社・武田裕介) 【写真】メンバーカラーの6つの星が描かれた、レースで使うヘルメット * * * * * * * ◆オートレーサーがゴレンジャーに見えた子ども時代 幼い頃はものすごく活発で、とにかく家にいない、常に外で陽に当たっていたい子どもでした。体を動かすのが大好きで、よく自転車でレースをしていましたね。だから一年中、日に焼けて真っ黒。ちっちゃい頃の写真を見ると、冬でも日焼けしているのですから相当です。(笑) オートレースとの出会いもその頃でした。最初は父が連れて行ってくれたんですが、僕の目にはレーサーたちが当時大好きだった「秘密戦隊ゴレンジャー」に見えたんですね。強烈に印象に残って、もう「カッコいい~!」ってなっちゃった。(笑) 僕にとってはゴレンジャー=オートレーサー。まさにヒーローです。 1歳上の兄貴は僕とは逆で、家にこもって音楽を聴いているようなタイプでした。兄貴も一緒にオートレース場に行ったことがありますが、僕ほどにはハマっていなかった気がします。僕は自ら「レース場に連れて行って」と父親にねだるくらい夢中でした。
◆兄とバラバラで親戚の家にお世話になった少年時代 我が家は僕らが子どもの頃、母が家を出て行って、次に父が出て行って僕と兄貴だけになり、兄弟バラバラで親戚の家にお世話になった時期がありました。なのである意味、僕にとっては兄貴が父親であり、母親でもあったのかもしれません。 兄貴は年齢的には1つしか違わないのですが、もっと年齢差があるように感じられる頼りがいのある人です。子どもの頃から今に至るまで、僕のことを本当に可愛がってくれました。不思議ですよね、やりたいことは全部僕がやっちゃってるのに……。 今でも僕のダメなところを正し、僕の気が利かないところをフォローしてくれる、ものすごく大きくて頼れる存在です。 あと、兄貴は一般人なのに芸能界に友達が多いんですよ。本当に顔が広いんです、僕には全然いないのに。(笑) 入院中は兄貴に全力で支えてもらいました。もちろん兄貴だけではなく、病院の先生方やこの映画に登場する人全員にですが。僕のまわりにいるのは本当にいい人ばかり。自分はつくづく強運で、幸せな人間だなあと思います。
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