自主的な製造業、インフォーマル部門はアフリカ工業化の希望となるか?(上)
インフォーマル部門の可能性と問題点を考える
このように見ると、アフリカの経済や社会の実態は、フォーマル部門だけを見ていては分からないものだということになる。もちろん、依然として政府から一定の補助や保護を受ける企業群、資源産業やサービス業が含まれ、あるいは貿易や外国からの投資が関わるフォーマル部門の経済規模は大きなものであり、マクロ経済の動きを見る際にはこれらの産業は当然重視されなければならない。しかし、大衆の一人ひとりが関わる経済活動を考える上では、農業・農村も含めたインフォーマル部門の存在を無視することはできないのである。 そのように考えて、私の関心は次第にアフリカ経済全体やフォーマル部門から、インフォーマル部門へと広がっていった。そこで、21世紀に入ってからは、教育業務や他の研究のかたわら、つとめて都市の路上や店、農村のものづくりを観察したり、実際にそこで働く人びとに話を聞き、簡単な調査なども行なったりしてきた。 以下では次回にかけて、私自身の見聞や調査に他の人々から教えられたことも加えて、アフリカのインフォーマル部門、とくにそのものづくりの具体的なあり方について、見ていきたいと思う。何故「ものづくり」に注目するかというと、アフリカの「負の脱工業化」、そしてその背後にある中間的な規模の製造業企業の不在を意味する「欠如した中間」状況(あるいは大企業と小規模零細企業との二重構造)を乗り越える可能性を、インフォーマル部門の小規模・零細なものづくり事業者がそなえているのかどうかを探っていこうと思うからである。言い換えれば、そうしたものづくり事業者がアフリカの将来の工業化の担い手になっていけるかどうかを探っていきたいと考える。 ここで、気を付けなければいけないのは、インフォーマル部門の負の側面であろう。上で述べたように、ILOのケニア・レポートを始めとして多くの意見が、インフォーマル部門の小規模零細事業者についての肯定的な点を指摘している。しかし、インフォーマルであり、小規模・零細であることは、端的に言ってたくさんの問題を伴っている。インフォーマルであるということは、社会に必要な政府の規制(環境、衛生、労働など)に従っていないということであるし、納税をしていないということでもある。それは決して健全な開発の面からは評価されるべきことでない。小回りが利いて起業や廃業を繰り返していることは、事業自体が不安定で、持続的でないことを意味し、長期的な産業の発展・拡大には貢献できない。 アフリカのインフォーマル事業者のものづくりは、それが人びとの生活ニーズに密接にかかわっているがゆえに、レンガ、建材として使う金属器具(門扉や鉄格子など)、木工家具、縫製(洋裁)、織物、石材、土産物などの手工芸品、各種の建築事業(大工、左官)など極めて多岐にわたる。次回では、洋裁、家具、建築事業と若干のその他の事例を取り上げて、小規模・零細のものづくり事業者がどのようにインフォーマルであることによる困難と向き合い、乗り越えているのかを具体的に見ていきたいと思う。 (京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科 兼 神戸大学大学院国際協力研究科 教授 高橋基樹) 専門は、アフリカ地域研究、開発経済学。主な著書に『開発と国家―アフリカ政治経済論序説―』(勁草書房)、『現代アフリカ経済論』(共編著、ミネルヴァ書房)など