<ボクシング>山中、苦闘も逆転V9につなげた王者の誇り
プロボクシングのWBC世界バンタム級タイトルマッチが22日、東京の大田区総合体育館で、4500人の観客を集めて行われ、チャンピオンの山中慎介(32歳、帝拳)が、前WBA世界バンタム級スーパー王者のアンセルモ・モレノ(30歳、パナマ)を2-1の判定で退け9度目の防衛に成功した。12度防衛のテクニシャンの前に、“神の左”と呼ばれる左ストレートは不発。8回終了時の途中採点では、一人がモレノ、2人がドローだったが、10回に勝負を仕掛けて、逆転の判定勝利をチャンピオンのプライドでもぎとった。山中陣営は、今後、ラスベガス進出などのビッグマッチを仕掛けていく方向だ。
試合後の控え室。 苦しんで9度目の防衛に成功した山中は、指で数センチの隙間を作ってみせた。 「これだけの差だったんですけどね。遠かった。届かなかった」 顔にダメージはない。だが、その声のトーンに精魂尽き果てたのが聞きとれた。バンタム最強決定戦は、まさに数センチの攻防が勝敗を分けるという高度な次元での戦いだった。 場内がざわついた。 WBCは途中採点を公開するが、8回終了時点で、ジャッジの一人が77-75でモレノ、残り2人が76-76のドローとしていた。“神の左”が完全に封じられていた。 モレノは序盤、山中の左が届かない距離から多彩な右を繰り出してきた。ジャブの差し合いから山中も左をうかがうが、高度なスウェーテクニックで外すだけでなく、山中のワンツーに対しては、果敢にカウンター狙ってくるので強引な勝負をかけることができないでいた。 過去に“神の左”を恐れず、逆にそこに仕掛けてくるようなボクサーは一人もいなかった。おそらく世界屈指の目の良さを持つテクニシャンゆえにできた芸当。 山中も、右の差し合いに神経を使う余り、作戦を練っていたはずの右肩やボディへのブローも少なく“神の左”を切るタイミングをつかみかねる。WBAのベルトを12度防衛した挑戦者のキャリアはダテではない。山中にペースをつかませまいと、徐々にプレスをかけられ、モレノの繰り出す右のストレートを、山中が逆にスリッピングアウェーで外すという展開まであって見栄えは悪かった。ジャッジの一人は、4回から9回までをすべてモレノのラウンドとしていたほど。 挽回しなければならなかったが、9回には、逆に右のフックをカウンターでもらい、山中はぐらつき、足が止まった。コーナーに本田明彦・会長の姿が見えた。 「いけ!勝負だ」 山中の回想。 「もうここらからは、気持ちの勝負だと思った」 モレノというテクニシャンに対して強引に左を狙うことには大きなリスクを伴う。心でわかっていても、体が反応せず、そのまま時間を無駄に過ごして、負け犬に成り下がるボクサーもたくさん見てきた。だが山中は、“神の左”の封印を解いた。 「左を打って相手がどう動くかがようやく見えてきた」 クリーンヒットではなかったが、10回、強引な左がモレノの顔面をとらえた。モレノはガクンとペースダウン。しかし、スーパー王者に認定されたパナマの英雄である。3度もクリンチを使って追撃から逃れ、山中がマウスピースを落として時計を止めてしまうというアクシデントも手伝って、絶体絶命のピンチを逃げきられた。 11回、12回と、山中は渾身の思いで左ストレートを狙っていくが、まともにヒットはさせてはもらえなかった。消耗した山中の方が、逆にモレノの返しのパンチを潰すためにクリンチを使う場面も。「もう必死でした」。最後まで続いた満員の観衆の大歓声に試合終了のゴングはかき消された。 「僅差だけど、勝ったとは思った」 筆者のノートのスコアを数えるとドローだったが、ジャッジは1人だけが「115-113」でモレノ、後の2人は、山中を揃って「115-113」の2ポイント差で支持していた。 「こうなる展開は想像していたけれど、うまくパンチを殺されていた。リターンを返され、ジャブもうまかった。もう少し差を見せ付けるつもりでいたんですが……苦しい戦いだったけど、(勝てて)ほっとした。」 ワンツー主体の左ストレートの一発に頼るボクシングスタイルの隙を突かれた。一般のファン的には、山中のKO劇を見れずに「不満足」とも言った山中同様、不完全燃焼だったのかもしれないが、本物のボクシングの高いスキルと、スリリングさを12回に渡って見せてくれた名勝負だったと思う。そして、劣勢の10回から勝負に出て、逆転勝利を手にできたのは、山中のチャンピオンとしてのプライドだろう。 本田会長が言う。 「10回から行けたのが山中の強さ。8度防衛してきたキャリアもあるだろう」