<ボクシング>山中、苦闘も逆転V9につなげた王者の誇り
山中にこんな質問を投げかけたことがある。 「最近の山中の試合を見ていると相手が可哀想に見えてくる」と。 ビッグ・ダルチニアンやスリヤン、バンタムに居並ぶ強豪を蹴散らしてきたが、ここ数試合は、対戦相手のほとんどが山中の“神の左”を恐れて脅え、いつ仕留めるかを待つだけの残酷なKOショーに見えた。力の差が歴然で、32歳の山中がモチベーションを保つことに限界が近づいているように思えた。だが、山中は「そういう面がないわけではありませんが、まだまだボクサーとして完成されているわけではないから」と言った。 最強の挑戦者、モレノに左が当たらなかった序盤の赤コーナーで、山中はトレーナーの大和心に「ボクシングが楽しいわ」と、つぶやいたという。 ボクシングには技術やフィジカルを超えた魂の戦いがある。山中が渇望していた「強い奴と戦いたい」との思い、そして、強さを追い求め続けるポジティブな向上心こそが、逆転劇につながる猛反撃を生んだ最大の要因だったのかもしれなかった。それをチャンピオンプライドというのだろう。 さて、苦しんだとはいえ事実上のバンタム世界最強戦を制し、またひとつ貴重な経験を積み、チャンピオンとしての幅を広げた山中は、どこへ向かうのか。 本田会長は、「本人は海外での試合を望んでいる。統一戦はなかなか相手が難しいんだが、なんとか実現してやりたい」と言う。当初、WBA世界バンタム級スーパー王者のファン・カルロス・パヤノ(ドミニカ)との統一戦を水面下で進めていたが、パヤノが8月のオリンピアンのルーシー・ウォーレン(米国)との防衛戦で、物議を醸し出すほど、ラフな泥試合を演じたために少しトーンダウンした。 11月21日にラスベガスで行われるIBF世界バンタム級王者のランディ・カバジェロ(英国)と、暫定王者のリー・ハスキンス(英国)のIBF王座の統一戦の勝者との団体統一戦については、カバジェロが防衛に成功した場合、本田会長曰く「2度防衛するまで待ってほしいという先方の話がある」とのことで、次戦で実現というわけにはいかないらしい。 実は、山中本人が対戦を強く希望しているのは、元5階級王者で、ジムの先輩である西岡利晃が米国のリングでKO負けしたノニト・ドネア(フィリピン)である。ドネアは、山中と同じ32歳で、昨年10月にニコラス・ウォータース(ジャマイカ)にKO負けしたが、再びスーパーバンタムに階級を戻して再起、WBA世界スーパーバンタム級王者であるスコット・クイッグ(英国)をターゲットに王者への返り咲きを狙っている。今なお、海外のマーケットで人気の衰えないカリスマで、もし山中vsドネア戦が実現すれば、帝拳グループ的には、西岡で果たせなかった夢のリベンジにもなるだろう。 ドネア戦のためには、山中は、スーパーバンタムに階級を上げなければならないが、体格の不利も左ストレートの威力にも、そう問題がないと山中自身も考えている。 試合後、モレノは、医務室を長らく出てこなかったが、嘔吐していたという。山中も苦しんだが、KO負け経験のない元スーパー王者も、それ以上に苦しんだのである。 「山中の左は利かなかった。彼も左でKOできず複雑な気持ちだろう。採点はドローに近いと思うが、ここは彼のホーム。しょうがないだろう」 モレノは、僅差の採点に強く抗うことをしなかった。 (文責・本郷陽一/論スポ、スポーツタイムズ通信社)